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レム睡眠という不思議な眠り.2

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レム睡眠という不思議な眠り.2

レム睡眠をもたない人間、Y・H氏

すでに述べたように、クリックとミッチソンは、レム睡眠の役割について、理論的考察にもとづく仮説を「ネイチャー」誌に発表した。その約一ヵ月後、私が共同研究者とともに行なった研究が、アメリカ神経学会の機関誌「ニューロロジー」に論文として掲載された。この論文は、ある一人の若い男性の眠りをめぐる実験結果をまとめたものである。実験はイスラエルのテクニオン睡眠研究所で行なわれた。その結論は、レム睡眠の必要性に疑問を投げかけるような内容となった。つまり、レム睡眠は必要不可欠だと信じて疑わない人々に対して、挑戦状をたたきつけるような格好となったのである。
テクニオン睡眠研究所に、その男性–Y・H氏–がやって来たのは、ほかの施設からの紹介であった。
氏は、睡眠中に大声で叫びながら起きあがるという症状に悩まされていた。その際、強い恐怖を感じるのだという。可能性としては、レム睡眠時に悪夢が現れるためとも考えられたが、あるいは、深い睡眠の際に生じる一種の睡眠障害が原因ではないかとも予想された。この後者の睡眠障害は、子どもに多く見られるもので、さほど重大な障害とは考えられていない。大人でも同様の症状を示す場合があるが、それはおもにストレスが原因と考えられている。
Y・H氏はイスラエル軍の軍人であり、70年代初頭には、例の「消耗戦」に加わった〔「消耗戦」は、第3次中東戦争と第4次中東戦争にはさまれた期間、スエズ運河を中心に展開された戦争である〕。そして彼は、スエズ運河の近くでエジプト軍の爆撃を受け、脳に傷を負った。彼は車椅子での生活を余儀なくされ、また同時に両
手も不自由となった上、言語能力に障害が残った。
私たちは、Y・H氏の睡眠障害の原因をつきとめるために、睡眠検査を行なうことにした。第一回目の記録観察を行なったのは、1982年7月一日のことである。そして、その夜、Y・H氏の眠りには、レム睡眠がまったくふくまれていないことを私たちは知った。
実験室で睡眠記録をとって、レム睡眠がまったく記録されないということは、非常にまれなできごとである。たしかに、治療のために抗昏剤や睡眠薬を多量に投与された患者や、中毒性の麻薬を摂取している人の眠りを調べると、レム睡眠が記録されないこともある。だが、Y・H氏は鬱病患者ではなかったし、薬物を使用していたわけでもなかった。しかも、翌朝彼に質問してみると、よく眠れたし、ふだんの眠りととくに変わったことはなかったという。私たちは、通常では考えられない観察結果を見て、もう一晩、Y・H氏の眠りを記録することにした。ところが、やはりレム睡眠は観察されなかった。しかも、レム睡眠が見られないことをのぞけば、Y・H氏の眠りはまったく正常だったのである。
睡眠記録の結果を私はY・H氏に告げた。ところが、彼はさして驚いたようすも見せなかった。彼は、「そうですか。レム睡眠がない、ってわけですね。で、だからどうだっていうんでしょう?」とこともなげに答えた。私は、レム睡眠が観察されないということが医学的見地からするといかに驚嘆すべきことなのか、何とかY・H氏にわかってもらおうとした。たとえば、こんな比喩的表現で説明をこころみたりもした。レム睡眠が観察されないというのは、心臓病の専門家が患者の体を調べていて、心音が聞こえるのに心臓そのものが発見できないようなものだ、と。このたとえを聞いてY・H氏は大笑いをしていたが、もうしばらく継続観察させてほしいというこちらの申し出に対し、彼も結局うなずいてくれた。おそらくY・H氏の心には、未知の世界に対する好奇心や冒険心が潜んでいたのであろう。また、自分の体が材料となって、科学の世界に新しい知識がもたらされることへの興味もあったにちがいない。
結局、さらに6晩かけて、睡眠記録をとることになった。また、私たちは、Y・H氏の脳をCTスキャンで詳細に観察した。また、頭部に残った爆弾の破片の正確な位置をつきとめるために、脳幹部の脳波も記録した。
実験の結果、やはりY・H氏の眠りには、ほとんどレム睡眠が観察されなかった。ときにレム睡眠が断片的に現れることもあったが、それは一晩の眠りの総量に対し、2〜5パーセントの割合しかなかった。普通、健康な成人の眠りには、20〜25パーセントのレム睡眠がふくまれるのである。しかも、8夜にわたるY・H氏の睡眠記録を見ると、一晩の睡眠時間が非常に少ないことがわかった。つまり、彼は一日に4・5〜5時間の睡眠しかとらず、しかも、日中に眠たそうなようすを見せることはなかった。
だが、もっとも驚くべき事実がCTスキャンによって明らかとなった。たしかに、Y・H氏の頭部には、爆弾の破片が残っていた。つまり、大脳の左半球、および小脳に破片が観察されたのである。だが、頭部に残った破片はそれだけではなかった。これまでまったく発見できなかったのだが、彼の脳幹部の「橋」に、もう一つ破片が残っていたのである。そして、その破片が残っていた部位は、すでにジュヴエがレム睡眠をコントロールする部位ではないかと予想した場所だったのである。ジュヴエのこの仮説は、彼が70年代にネコを使って行なった実験結果にもとづいている。つまり、人間のレム睡眠も動物の逆説睡眠も、脳構造から見るとまったく同じ部位のコントロールを受けていると考えられる。
私たちがY・H氏の特異な眠りを学会誌に発表すると、おびただしい数の反応が返ってきた。その大半は、私たちの発見を重視し、学界へ与えるインパクトを指摘するものであった。つまり、レム睡眠についてさまざまな理論が提唱されているが、もはやY・H氏の眠りを無視してレム睡眠を語ることはできないのではないかというのである。
私たちの論文が学会誌に掲載されたのは、クリックとミッチソンによるレム睡眠理論の発表とほぼ同時期であった。クリックらの研究も、やはりレム睡眠をあつかったものである。彼らは論文の中で、レム睡眠の役割は脳内の記憶整理にあるという仮説を打ち出した。クリックらの論文と発表時期が重なったことも、私たちの研究が多大な関心を集めるにいたった理由の一つではあっただろう。
私たちの論文を読んで、Y・H氏の記憶力や思考能力について問い合わせてくる研究者も少なくなかった。つまり、レム睡眠がない以上、記憶や思考に何か支障が生じているのではないかというのである。だが、Y・H氏はすぱらしい記憶力の持ち主であった。彼は、戦争で脳に損傷を受けたわけだが、復員直後に高校を正式に卒業している。そして、法律学校への入学試験に合格を果たし、無事卒業した。しかも、彼は両手を動かすのに障害があり、学業に取り組むにも、まさに自分の記憶力がたよりだったのである。
1984年、私はアメリカのハーヴアード大学でサバティカル・イヤーを過ごした〔サバティカル・ィヤーは、大学教員などに与えられる、研究のための有給休暇〕。私がお世話になったのは、心理学部のアラン・ホブソンの研究室であった。ホプソンは精神科医だが、神経生理学も専門としており、同僚のロバート・マッカーリーとともに、レム睡眠についての研究を進めていた。とくに彼らは、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れる点に注目し、そのメカニズムを神経生理学の立場から数学的なモデルによって説明しようとしていた。彼らの主張によれば、人間が夢を見ているとき、脳内では痴呆患者と同様のプロセスが生じているという。そして、夢という現象はそのプロセスが反映された結果にすぎない、とホブソンらはいうのである。彼らはこの仮説を論文にまとめて発表した。その結果、フランシス・クリックらの仮説と同様、ホプソンらの仮説も、
精神医学の世界に一石を投じる結果となった。ところで、私がアメリカに滞在しているとき、クリックがポストンで講演を行なった。DNAの構造が発見されてから30年経ったことを記念するシンポジウムがアメリカで開かれ、招かれたクリックが基調講演を行なったのである。
講演の内容はレム睡眠の重要性に関するものだったが、その準備段階でいろいろと協力したのがアラン・ホプソンであった。そのため、ホブソンがクリックにプヴェート・セミナーでの小講演を依頼すると、クリックは喜んで承諾してくれた。このセミナーはホプソンの研究室の関係者のみを対象としたもので、セミナーのテーマは、やはりレム睡眠であった。
セミナーでクリックは、レム睡眠の役割について述べた。つまり、レム睡眠は、脳の記憶情報を整理し、取捨選択する上で重要な役割をになっているというのである。クリックは、この仮説を裏づけるためのデータも紹介した。さらに、レム睡眠が存在しなければ、人の思考能力には、はっきりとした障害の徴候が現れるはずだと主張した。そこで私は、セミナーの席上で、レム睡眠をもたないY・H氏のケースを紹介した。
Y・H氏に関する論文は、ちょうどこのセミナーが開かれたのと同じ月に発表されたばかりであった。
クリックは驚きの色を隠そうとしなかった。しかし、私の実験結果を疑うかのように、質問を返してきた。すなわち、実験では明らかにすることができなかったかもしれないが、Y・H氏の記憶能力や思考能力には、わずかながらでも、障害が発生していたのではないか、観察が不十分で障害の発生を見落としているのではないか、と聞いてきたのである。だが私は、Y・H氏には認知障害はまったく認められなかったことを強調した。さらに、Y・H氏の記憶力と思考能力は人並み以上の水準にあることを伝えた。これに対するクリックの反応は次のようなものであった「ふむ。するとそのケースは特別な例外と考えられますね。そのまま参考にすべきデータではないかもしれない。数年は観察を続けてみて、それから議論するのがいいでしょう。
その言葉にたがわず、セミナーの4年後、クリックから手紙が届いた。手紙の内容は、Y・H氏の健康状態を私が今も追跡調査しているかどうか、もし調査を続けているのなら、何か変化が生じていないかどうかを問い合わせるものであった。じつは、私とY・H氏はその後も個人的な親交を深め、ごくたまにだが、直接会う機会もあった。だから、Y・H氏が弁護士として成功していることも、よく知っていたのである。また、比較的最近のことだが、Y・H氏は、クロスワード・パズルの分野でも名を馳せるようになった。というのも、彼は難易度の高いクロスワードに挑戦し、何回も完成させているからである。これらのことを考えあわせると、思考障害や記憶障害という症状はY・H氏にはまったくあてはまらないといってよい。クリックの好奇心を満足させるために、私はY・H氏をテクニオン睡眠研究所に招き、ふたたび睡眠実験を行なうことにした。じつのところ、私もY・H氏の眠りをもう一度調べてみたかったのである。Y・H氏には、数日でいいから実験に参加してほしい、科学への貢献という意味からも協力が必要なのだ、といってお願いした。幸いなことに、彼はいやな顔一つせず引き受けてくれた。
1988年、睡眠研究所にやってきたY・H氏に対し、私たちは睡眠実験を行なった。するとやはり、結果は6年前と変わるところはなかった。5夜のうち、3夜はまったくレム睡眠が記録されず、残りの2夜で断片的に数分程度のレム睡眠が観察されたにすぎなかった。
この実験からさらに4年後、今度はY・H氏の方から実験室へ連絡があった。夜中にとつぜん大声を出して目ざめるという症状が再発したというのである。これは、10年前とまったく同様の症状であり、深い睡眠のときに生じる「夜驚症」の一種だと考えられる。私たちはふたたびY・H氏の睡眠を実験室で記録した。
実験は3夜にわたったが、やはりレム睡眠はまったく観察されなかった。
Y・H氏のケースは、いろいろな意味で、非常に示唆に富むものである。まず、実験室での実験観察というものの限界を教えてくれる。すなわち、動物であろうと人間であろうと、実験を通じての一般化には、やはり限界があることがわかる。また同時に、Y・H氏のようなケースを目のあたりにすると、自然の摂理について考えざるをえない。そういう意味では、謎は深まるばかりといってよい。つまり、レム睡眠がなくても生きていけるのだとすれば、いったいどうしてこんな奇妙な眠りが、1億5000万〜2億年という人間の歴史の中で進化し、発達してきたのかy もしかすると、レム睡眠の役割というのは、ふだん私たちが考えているほど重要なものではないのだろうか? それとも、レム睡眠は、人類進化の初期段階–つまり、変温動物である戻虫類から鳥類や哺乳類が誕生する頃–には重要な役割をになっていたが、それがそのまま「化石化」し、残っているにすぎないと考えるべきなのだろうか?

レム睡眠の柔軟性

レム睡眠の役割とは何か–この問題を論じるために専門家は会議を開き、議論を続けている。以前、そうした会議の場で、ウィリアム・デメントはレム睡眠について次のように語った。「もし万が一、レム睡眠には何も役割がないのだとすれば、レム睡眠は進化のプロセスが誤って生み落とした、大いなる無駄と考えねばならなくなる」–デメントは、こともなげにそうコメントした。
だがそれにしても、レム睡眠に生存上の意義がないのだとすれば、いったいなぜそんな眠りがなくならずに残っているのか。しかも、睡眠時の動物がさまざまな外的環境の変化にさらされていることを考えれば、レム睡眠はメリットよりもデメリットの方がずっと大きいはずだ。それにもかかわらず、レム睡眠は今も残っている。そこには何か、レム睡眠を維持するような進化的要因が働いてきたのだろうか。
レム睡眠の謎を、中枢神経の発達という観点から説明しようとする研究者もいる。つまり、人間の脳は幼少期に大きな発達を見せるわけだが、レム睡眠はその時期にのみ重要な役割を果たすというのである。このアプローチの中心人物としては、精神科医のハワード・ロフウォーグがいる。ロフウォーグは、デメントやレクトシャッフェンのもとに集まった研究者の一人であり、睡眠研究者としては第一世代に属する。
ロフウォーグらは、新生児の眠りに注目した。すなわち、出生直後の新生児は、レム睡眠の量が非常に多いのである。また、新生児だけでなく、胎児にもレム睡眠が存在すると考えられている。これらの事実にもとづき、ロフウォーグらは、レム睡眠は神経系の発達に重要な役割を果たしているのではないかと推論した。
神経系は、幼少期に大きく発達する。神経系が正常に発達するためには、生後すぐ、十分な感覚刺激を受けとることが必要である。このことは、動物を使った実験によって明らかにされている。たとえば、生まれたばかりのネコを完全な暗闇において育てると、視覚刺激がまったく存在しないため、大脳皮質の視覚野における神経細胞が退化してしまうという。
そこで、レム睡眠の役割について、次のような推論がなりたつ。すなわち、レム睡眠は、神経系が大きく発達する時期に、大脳皮質へ感覚刺激を与える役割をもつのではないか。具体的には、レム睡眠時に脳幹が感覚信号を作り出し、大脳皮質へ投射するのではないか、というのである(脳幹は大脳皮質よりも先に発達する)。この仮説は、のちに「レム睡眠の個体発生仮説」と呼ばれるようになった。とはいえ、生まれたばかりの動物から逆説睡眠(レム睡眠)を長期にわたって奪うわけにはいかない。というのは、この時期は逆説睡眠の占める割合が高すぎるため、逆説睡眠を奪おうとしても、結局、完全な断眠実験になってしまうからである。したがって、レム睡眠の役割を神経系の発達との関連で説明したとしても、実験によって客観的な証明をするわけにはいかないであろう。
レム睡眠という奇妙な眠りについて、私も自分なりの解釈がある。以下、他の研究者の意見を参考にしながら、私の仮説の要点をまとめてみよう。
ナタニエル・クライトマンは、人から「眠りの役割」について聞かれると、いつも、「まず、起きていることの意味を教えてください。眠りの役割についてお答えするのは、それからです」と問い返すのだという。
いったい、起きていることの意味、覚醒状態の意義に説明を加えることなどできるだろうか? この質問は哲学的な観点から見れば意味があるかもしれないが、生理学的な観点からすれば、そもそも答えを導きうる質問なのだろうか?
私のレム睡眠のとらえ方は、基本的にクライトマンの姿勢とかわらない。つまり、レム睡眠は本来、何か特定の目的を果たすために作り出されたわけではない–そう私は考える。つまり、レム睡眠は、一日に何度も短い睡眠と覚醒を繰り返す「多睡眠相」(動物や人間の新生児が生後約一ヵ月のあいだ見せる眠りの状態)から、一日に連続した眠りをまとめてとる「単睡眠相」へ移行する過程で、必然的に生じたものではないかと、私は考えている。
ところで、ハーヴァード大学の生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドは、数々のすぐれた業績で知られているが、その著書『パンダの親指』の第4章「自然淘汰と人間の脳–ダーウィン対ウォレス」というエッセイの中で、非常に興味深い議論を展開している。
かつて、チャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ラッセル・ウォレスは、人間の脳の進化について激しい議論を闘わせた。ダーウィンが、人間の脳も自然選択による進化の産物だと主張するのに対し、ウォレスは「神の摂理」を引き合いに出して説明しようとしたのである。
グールドはエッセイの中でダーウィンとまったく同じ立場にたって論を進めている。グールドによれば、自然淘汰を通じて、生物の体にある「一定の目的」を果たす器官がそなわりうるという。もちろん「一定の目的を果たす器官」といっても、単一の機能に特化した器官もあれば、多彩な機能をこなすように進化した複雑な器官もある。だがいずれにせよ、ある目的を果たすように進化したからといって、その器官の能力はそれだけにつきるわけではない。合目的的に進化した形質であっても、生物の構造が本来的にもつ複雑さゆえに、当初の機能だけでなく、そのほかにもじつに多様な機能を果たす可能性を秘めている。
グールドは右のエッセイを次のような言葉で締めくくっている。「私は自然に秩序や調和がそなわっていることを否定するわけではない。しかし、自然がもつ構造には、まだ表に現れぬ能力が可能性として秘められている。つまり、ある構造が特定の目的に向かって進化してきたのだとしても、その構造は、当初の機能以外の能力を発揮しうるのである。こうした可塑性ゆえに、世界は秩序を逸脱したかのような、多様性に満ちた様相を呈する。だが同時に、世界に可塑性がそなわっているからこそ、私たちはまだ見ぬ可能性へむけて、希望をいだくことができるのである」
グールドのこのエッセイを読んだとき、私は、グールドの進化観が自分のレム睡眠観と完全に重なることに気づいた。そして同時に、レム睡眠と夢に関するクライトマンの主張を思い出した。クライトマンによれば、夢という現象は、レム睡眠時における大脳皮質の強い興奮が生み出した一種の「副産物」にすぎない。
これは、人間における発話能力が、呼吸という一次的な活動から、声帯の振動をつうじて、2次的に派生してきたと考える立場とパラレルである。要するに、レム睡眠は夢を作り出すことが本来の目的ではない、とクライトマンは主張するわけだ。
私は、先に述べたように、レム睡眠は、細切れの短い眠りを連続した一つの眠りに「まとめる」ために現れたのではないか、と考えている。つまり、レム睡眠の本来の目的は、短い眠りを「たばねる」ことであった。そして、その後で、その本来の目的以外の、さまざまな2次的な機能が付加されるようになった。グールドがいうとおり、レム睡眠の「秘められた能力」が「さらに引き出された」というわけである。では、レム睡眠が、細切れの短い眠りをたがいに「接着」し、「多睡眠相」を「単睡眠相」へと移行させたことを証明するような証拠は存在するだろうか?
まず第一に、レム睡眠時の体は、「眠っている」とはいえ、覚醒状態に近いという事実に注目すべきであろう。すでに述べたように、レム睡眠時の脳波は覚醒時の脳波に近く、同時に急速眼球運動が認められる。
また、レム睡眠時には自律神経系も安定せず、覚醒時のような状態に移行する。つまり、感情の起伏がもたらすような自律神経系のゆれがレム睡眠時に生じるのである。これらの事実はすべて、レム睡眠の脳が覚醒状態に近いことを物語っている。
また、脳は体の諸器官に対してさまざまな調節機能をもっており、ノンレム睡眠の際、体の状態を維持するために「自動操縦」のようなコントロール・システムが働く。ところが、レム睡眠時に入ると、その自動制御システムが機能を停止する。この現象も、レム睡眠時の脳が覚醒時の状態に近いことを示唆している。
たとえば、トロント大学のエリオット・フィリップソンは、睡眠時の呼吸調節メカニズムについて研究を行ない、非常に興味深い発見をした。すなわち、眠っているあいだの呼吸は、基本的に脳幹部の働きによって「自動的に」調節されているのだが、レム睡眠に入ると今度は覚醒時と同じ呼吸調節中枢が呼吸運動を調節するようになる〔ただし、レム睡眠時は末梢からの連絡が断たれるため、血中ガス濃度変化に対する反応は現れない〕。
第2に、新生児の眠りに占めるレム睡眠の量に注目すべきであろう。新生児の眠りは短く細切れだが、生後何カ月かかけて徐々にまとまった眠りへと変わっていく。この時期–すなわち、眠りがようやく一晩中続くようになる時期–に子どもの眠りを調べると、レム睡眠が占める割合が非常に高いことがわかる。ところが、成長するにつれ、レム睡眠の割合は徐々に少なくなる。このことから、レム睡眠は、細切れだった眠りを、まとまった眠りへとつなげる「接着剤」のような役割を果たしているのではないかと推論することができる。しかも、大人のレム睡眠が、入眠後約90分間のノンレム睡眠を経て、その後でようやく現れるのに対し、生後まもない辰どもの場合、入眠後さっそくレム睡眠が現れることが知られている。つまり、覚醒状態から睡眠状態に入るとき、レム睡眠が「橋渡し」をしているのだと考えられる(ユージン・アセリンスキーが新生児の眠りを観察したときに注目したのも、この入眠直後の眠りであった。彼は、その結果レム睡眠を発見するにいたったのである)。

レム睡眠は、目ざめるための態勢をととのえる眠り?

さらに、レム睡眠は、目ざめるための態勢をととのえる眠りだという主張もある。つまり、レム睡眠は、睡眠状態から覚醒状態ヘスムーズに移行するための「橋渡し役」ともなる。要するに、目ざまし時計に頼らなくても、レム睡眠期に入った体は、スムーズに目ざめることができると考えられる。
1975年、当時修士課程に在籍していたヤコプ・ゾメルとアリエ・オクセンベルグの2人は、私の研究室で次のような実験を行なった。すなわち、目ざまし時計を使わずに、人間はどれだけ予定どおりの時間に起きられるか、という実験である。目ざまし時計だけでなく、とにかく何の刺激がなくても、時間どおりに目ざめることができる人–そういう募集条件で被験者を募ってみると、希望者が大勢つめかけた。そこで私たちは時間をかけて、なるべく能力に長けた被験者を選び出した。そしてくわしく実験してみると、やはり彼らの言葉に嘘はなかった。被験者はほぼ予定どおりの時間に目ざめ、その誤差はほんの10分程度であった。
だが、それにもまして重要なのは、どの睡眠段階から覚醒に移行するかという点である。つまり、被験者の眠りを観察すると、たいていレム睡眠時に目ざめていた。たとえば、午前3時30分を起床予定時刻とすると、3時30分にいちぱん近いレム睡眠時に目ざめることが多かったのである〔レム睡眠が約90分のサイクルで繰り返されるにもかかわらず、なぜ予定時刻と起床時刻の差が10分程度におさまるのか、そのメカニズムについてはまだ明らかにされていない〕。アメリカと日本でも同様の実験が行なわれ、同じ結果が確認されている。したがって、私たちの体は、レム睡眠に入ると何らかのかたちで外界とのコンタクトを活性化させ、しかも、レム睡眠時に生じる体内状態の変化を手がかりに、目ざめるべきかどうかについて判断していると予想される。興味深いことに、レム睡眠が進化した理由について、フレッド・スナイダーは以前から次のような仮説
を提唱していた。すなわち、レム睡眠は一晩に何度も肪れるが、そのおかげで、眠っているあいだも身のまわりの状況を定期的にチェックし、周囲の危険を察知することができるというのである。
レム睡眠が、睡眠から覚醒への橋渡し役を果たしていることは、次のような実験からも裏づけられる。まず、時刻を知る手がかりのまったくない環境に被験者を置き、自由に生活してもらう。この条件下で被験者の眠りを観察すると、レム睡眠中に目ざめることが多いことがわかる。ふだんの生活でもレム睡眠時に目ざめることはもちろん多いわけだが、隔離された環境下で生活すると、その頻度がいっそう高まるのである。同様の結果は、アメリカ国立精神健康研究所のトム・ウェアによる実験によっても確かめられている。彼は、まったく光のない環境下で被験者を生活させ、その結果、やはりレム睡眠時に目ざめる割合が増えたという。以上のように、時間どおりに起きようとすると、レム睡眠の最中に目ざめることが多く、時刻を知る手がかりのない環境で生活すると、やはりレム睡眠時に覚醒することが多くなる。これはすなわち、レム睡眠時には睡眠から覚醒への移行がすばやくスムーズに行なわれることを示している。要するに、レム睡眠は、睡眠から覚醒への橋渡しをしていると考えられる。
レム睡眠時に目ざめることのメリットは、次のような観点からとらえることもできる。つまり、レム睡眠から目ざめたばかりの被験者に対して空間認識力や空間把握力を要求する課題を課すと、非常に効率よくこなしていく。ところが逆に、深い睡眠(第3段階や第4段階)から目ざめた場合、課題の成功率はずっと低くなる。これは、テクニオン睡眠研究所で行なわれた実験にもとづく結論である。要するに、レム睡眠から目ざめれば、自分の体を空間内にすぱやく位置づけ、認識することができる。したがって、レム睡眠から目ざめた方が、眠っていた体をスムーズに覚醒状態へもっていくことができると考えられる。
以上のように、レム睡眠は睡眠から覚醒への橋渡しをする。つまり、レム睡眠時に目ざめれば比較的スムーズに起きることができるし、外界に対する体の準備もととのっている。ということは、レム睡眠は、すでに見た「眠りの扉」とは逆の状態にあるといえる。つまり、レム睡眠は睡眠を覚醒につなぐわけだが、「眠りの扉」は、起きている状態から睡眠へと橋渡しをする役割を果たす。たとえば、「眠りの扉」の時間帯が訪れると、私たちの体は覚醒から睡眠へと移行しやすい状態になる(なお、「眠りの扉」は一日
に2度「開く」と考えられる。メインは夜10時以降だが、昼さがりにも眠気の増大する時間帯がある)。
つまり、睡眠から覚醒へ(レム睡眠)、あるいは逆に覚醒から睡眠へ(眠りの扉)というスイッチ・ポイントがあらかじめ用意されているからこそ、睡眠/覚醒という2つの状態がスムーズに交替するのである。ただし、これらのポイントにさしかかったからといって、かならず眠りにおちたり、目ざめたりするわけではない。必要に応じて、その効果が発揮されるのである。
いずれにせよ、レム睡眠という現象は、脳のきまぐれな活動の結果などではないし、進化の途上で誤って生み落とされた無用の長物というわけでもない。むしろ、レム睡眠は進化の柔軟性を示すじつに驚嘆すべき一例だといってよい。つまり、生物にそなわった一次的な形質をフルに活用し、秘められた可能性を十分に引き出す–これがレム睡眠の進化の過程であったと思われる。
本能的行動に関する神経回路のチェック、記憶の定着、脳活性の調節、夢の創出–私の考えでは、レム睡眠の「本来の目的」はそのいずれでもない。レム睡眠の本来の目的は、「細切れの眠りを連続した一つの眠りにまとめること」だと思われる。そして、そこから派生するかたちで登場した第一の役割こそが、「睡眠から覚醒への橋渡し」ではないか。つまり、レム睡眠の意義として、「覚醒へ移行するための準備をととのえる」という機能に注目すべきではないだろうか。
 

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