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レム睡眠という不思議な眠り

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レム睡眠という不思議な眠り

矛盾した睡眠

すでに述べたように、レム睡眠時の人体には、非常にユニークな生理現象が認められる。たとえば、筋肉がすっかり緊張を失うのと同時に、眼球が急速な運動を開始し、眠っているはずなのに覚醒時と同じ脳波パターンが現れる。呼吸は乱れ、心拍数は上昇し、男性の場合、ペニスに勃起が認められる。つまり、レム睡眠は矛盾した現象が一度に生じる、じつに不思議な睡眠状態なのである。睡眠中の脳のエネルギー消費量や脳内血流量を細かく調べてみても、やはりレム睡眠時の脳は覚醒時とよく似た状態にあることがわかる。だが、レム睡眠の特徴は、以上の点につきるわけではない。さらに実験を重ね、レム睡眠時の自律神経の働きを調べた結果、驚くべき事実が明らかになった。すなわち、睡眠中の体温や体内ガス濃度の調節機構を調べたところ、レム睡眠時にのみ、調節システムが機能していなかったのである。体温調節や体内ガス濃度のコントロール・システムは、生命を維持していく上で非常に重要な役割を果たしている。事実、動物から実験的に睡眠を奪い続けると、やがて体温調節機構に変調をきたし、場合によっては死にいたる。にもかかわらず、レム睡眠に入ると、脳は体温や体内ガス濃度の調節の役目を、みずから放棄したような状態におちいるのである。
体温調節機構についての実験は、空調設備によって室温をコントロールできる部屋で行なわれる。実験者は、室温条件を変化させたときの被験者の反応を観察する。その結果、レム睡眠時においてのみ、じつに特異な現象が認められた。通常、室温が上昇すれば人間の体は汗をかき始める。また、皮膚血管が拡張し、体表からの熱放散がうながされる。このプロセスは、眠っているあいだも、起きているときと同様に働いているのだが、唯一の例外がレム睡眠時の体である。
たとえば、実験的に室温を上げていっても、レム睡眠時の体には反応が見られない。温度をさらに上げ続けると、ある一点を超えたところで、被験者は眠りから覚める。そして、睡眠が中断されて初めて体温調節機構が働き始めるのである。室温を下げていっても、やはり被験者が目ざめるまで反応は見られない。レム睡眠ではなく、第2〜第4の睡眠段階なら、室温の低下に対しても反応が認められる。たとえば、体がふるえ始め、体毛が逆立ち、熱放散を防ぐために皮膚血管が収縮する。しかも、その間、被験者が目を覚ますことはない。
体温調節機構は、脳の「サーモスタット」–つまり、体温を感知する神経細胞–から温度情報を入手する。ところが、レム睡眠に入ると脳の温度センサーが機能を停止し、体は室温に対して反応しなくなってしまうのである。
血中ガス濃度の調節機構についても、同様の現象が報告されている。すなわち、レム睡眠に入ると、血中ガス濃度を検知する神経回路がオフになってしまうのである。
血中ガス濃度は、呼吸を介して調節される。そこで、被験者が吸入する気体の二酸化炭素濃度を実験的にコントロールし、その反応を調べる実験が行なわれた。その結果、睡眠中であっても、体は二酸化炭素濃度の上昇に反応することが明らかになった。つまり、呼吸のリズムが遠くなり、深く息をするようになる。これは、覚醒時の反応と変わらない。ところがレム睡眠に入ると、呼吸による反応が見られなくなる。そして、二酸化炭素濃度の上昇により、被験者の睡眠が中断されて初めて、ようやく被験者の体は深い呼吸を開始するようになる〔ノンレム睡眠における血中ガス濃度反応が覚醒時と変わらないとはいっても、じつはノンレム睡眠時と覚醒時では呼吸活動を調節している中枢が異なる。近年の研究によれば、レム睡眠時には、覚醒時と同じ呼吸調節中枢が呼吸運動をコントロールしているという。ただし、レム睡眠時には末梢からの連絡が断たれたままなので、血中ガス濃度に対する反応は現れない〕。
このように、レム睡眠に入ると体温や血中ガス濃度に対するコントロールがきかなくなる。そういった意味でも、やはりレム睡眠は特殊な睡眠状態なのである。つまり、レム睡眠は、ノンレム睡眠とはまったく異なる睡眠状態だし、覚醒状態に似ているところがあるといっても、レム睡眠の全体像はあまりに特殊である。
では、いったいレム睡眠は何のために存在するのだろうか? 何か重要な意味があるのだろうか?
すでに述べたように、レム睡眠時の脳はエネルギー消費が活発になり、血流量が増加する。にもかかわらず、脳は外界の刺激にも、体内環境にも反応しようとしない。そういう意味で完全に脳は孤立し、外の世界とのつながりを断っているように見える。いったいなぜ、このような現象が起こるのだろうか?
もしかすると、レム睡眠時の脳では何か重要な活動が行なわれていて、脳の全エネルギーはその活動にのみ注がれているのだろうか? つまり、体内環境の調節機構を短時間ストップし、脳内活動を優先する–人間の体は、そういう特殊な睡眠状態を進化させてきたのだろうか?あるいは、私たちの眠りから実験的にレム睡眠だけを奪ったら、どうなるだろう? 体に悪影響が現れるだろうか? それとも、何の変化も生じないのだろうか?

デメントのレム断眠実験

被験者の眠りから実験的にレム睡眠のみを奪う–これはさほどむずかしいことではない。というのも、レム睡眠時の脳波や眼球運動は非常に特徴的なパターンを示すからである。研究者はそれを手がかりに、レム睡眠の始まりと終わりを正確に知ることができる。これは睡眠を研究する上でたいへん都合のよいことだといえる。
実験は次のような手順で行なわれる。まず、被験者の頭部に電極を取りつける。そして、睡眠中の被験者の脳波や眼球運動を記録しながら、その変化をチェックする。記録計にレム睡眠特有のパターンが現れたら被験者を起こし、5〜10分の覚醒時間をおいて、ふたたび眠ってもらう。被験者は比較的短時間のうちにふたたびレム睡眠に入るので、実験者は同じプロセスを繰り返す。
こうして被験者のレム睡眠はかなりの部分が奪われることになる。ただし、実験者が記録計でレム睡眠を確認してから、被験者を起こすまでに少なくとも一分はかかってしまうので、レム睡眠を完全にゼロにすることはできない。結局、普通一晩の睡眠に占めるレム睡眠の総量は100分ほどなのだが、この実験方法では、ごく短時間のレム睡眠の余地が残されている。もちろん、被験者が昼間眠ってしまえば、そこでレム睡眠をとる可能性もある。実験者側としては、その点にも注意して、たえず被験者の眠りをモニターし続ける必要がある。
さて、以上の実験を通じて、注目すべき2つの現象が観察された。まず、一晩ごとに被験者を起こす回数が増える。たとえば、実験第一夜、被験者を起こす回数は10回から20回程度なのだが、3日目の夜になると、平均して60回程度起こしてやらねぱならなくなる。これは要するに、レム睡眠に対する欲求が高まったことを物語っている。この段階まできた被験者は、目をつぶると同時にたちまちレム睡眠におちいるようになる。実際、人間を対象としたレム断眠実験は、第5夜が限界である。というのも、第6夜に入ると、眠りにつくとほぼ同時にレム睡眠が現れるので、結局、被験者をただちに起こさなければならなくなってしまうからである。
たとえば、人間に対してレム断眠実験を初めて行なった研究者はウィリアム・デメントなのだが、彼は科学雑誌「サイエンス」誌に発表した論文の中で、次のように述べている。「実験が進むにつれ、被験者のレム睡眠を中断することができなくなってしまった。被験者にベッドの上で何とか起きあがってもらい、大声で話しかけていれば、レム睡眠時の特徴である急速眼球運動も、一時的にはおさまる。しかし、声をかけるのをやめると、たちまち眼球運動が再開する。なかなか眠りから覚めない被験者を起こすためには、彼をベッドから引きずり出し、部屋の中を歩かせるしかない。歩いていれば、被験者も何とか眠らないでいることができる」
だが、ここまでくると、もはや実験は、実験者と被験者の闘いと化す。すなわち、レム睡眠を何とか中断させようとする実験者と、必死にレム睡眠に入ろうとする被験者のあいだで、朝まで熾烈な闘いが繰り広げられることとなる。このような状態で、実験を無理に続けても意味はない。というのも、実験者が中断させようとしているのは、もはやレム睡眠ではなく、結局、睡眠そのものだからである。つまり、単なる断眠実験になってしまっては、本来の実験の目的からはずれてしまうこととなる。
実験を通じて観察されたもう一つの現象は、レム睡眠が不足すればするほど、人間の体は多量のレム睡眠をとろうとするということだ。つまり、実験を終えて、被験者に好きなだけ眠ってもらうと、不足したレム睡眠を一気に取り戻そうとするような「はねかえり現象」が観察される。たとえば、ある程度レム睡眠が不足した状態では、入眠後20〜40分程度で、レム睡眠が現れるようになる。また、通常の眠りにふくまれるレム睡眠の総量は、100分ほどなのに対し、実験後の被験者の眠りには約150分ものレム睡眠がふくまれることがある。
ところで、レム断眠実験を行なおうと思ったら、被験者のそぱに24時間つきっきりで待機しなけれぱならない。そこでデメントは、実験に際して、じつに思い切った手配をした。彼はニューヨーク市内に大きなマンションを借りて、家族とともに移り住み、そこで実験を行なったのである。
被験者には寝室の1つが与えられ、バスルームに記録装置が備えつけられた。こうしてデメントは被験者の眠りを一日中モニターし、レム睡眠が現れたら被験者を起こすという手続きを繰り返した。結局、被験者がレム睡眠なしで耐えられるのは、第5〜6夜までであった。中には第7夜までがんばった被験者もいた。
デメントの実験が明らかにしたのは、何よりもまず、レム睡眠の重要性であった。つまり、実験が長びくほど、被験者のレム睡眠に対する欲求が高まる。したがって、レム睡眠は人間にとって必要不可欠な存在であるこれがデメントの結論であった。
だが、デメントの研究が人々の多大な関心を集めるにいたったのは、何よりもまず、ある被験者の特異な言動による。その被験者は、実験中にナイト・クラブヘ行きたいとか、ポルノ小説を読みたいと言い出し、セックスに対して非常に強い関心を示すようになったのである。本人としては、こんな心理状態におちいったことは初めてであった。この観察一例をもって、デメントの研究は注目を集めるようになったのである。デメントはこの被験者のようすを論文でくわしく紹介し、人間からレム睡眠を奪うと、急激な「人格変化」が生じやすいと結論した。ところが、のちの研究によると、デメントが観察した事例は残念ながらさほど一般的なものではなかった。人間からレム睡眠を奪っても、かならず性的な関心が強まるわけではない、ということが明らかになったのである。夢に多大な関心をよせる人々、あるいは、フロイト的な立場から夢にアプローチしようとする人々–そうした立場の人々からすれば、レム睡眠が夢と結びついている以上、デメントの報告は夢の重要性を証明するものである。すなわち、人間にとって、夢は心のバランスを保つために必要不可欠な現象であり、夢を妨害すれば精神的な平衡は失われる。デメントの実験はそれを証明している–それが彼らの解釈であった。
だが、その後も数多くのレム断眠実験が行なわれたにもかかわらず、デメントのいうような「急激な人格変化」–たとえば性的関心の尤進–は例外的な現象としてしか認められなかった。たとえば、変化といっても、他人に不信感をいだいたり、怒りやすくなったりするといった漠然とした変化もあれば、鬱病患者の症状が劇的に改善されたりするといった事例まで、さまざまな結果が報告されるようになったのである。
にもかかわらず、デメントの実験結果を引用して学生にレム睡眠の重要性を説明しようとする教師は、今でも後を絶たない。
私は心理学部に学んだ人間だが、卒論に向けて専門論文をひもとき始めた頃、まず出会ったのが、デメントによる研究論文であった。その後、私は本格的に睡眠研究の道をこころざし、実験室で徹夜の日々を送ることになるのだが、それもデメントの論文に出会ったことが大きなきっかけになったといってよい。デメントの論文には、読む者を引きつけて離さない何かがあった。みずから選んだ道を脇目もふらずに突き進んでいく–そんな姿勢が論文の行間からにじみ出ていた。そういう意味では、デメントがマンションヘの引っ越しを敢行し、自宅で睡眠実験を行なったというのも、さして驚くにはあたらない。
だが、当時睡眠研究に没頭していた人間はデメントー人ではなかった。1960年代、70年代にかけて、睡眠研究の黎明期には、心理学者や精神科医を中心に、さまざまな学者が研究に専心していた。そして当時の研究者のあいだには、時が経つにつれ、一種の連帯感のようなものが生まれた。彼らはみな、どこかおさえきれない何かに駆り立てられながら、精力的に研究を進めていたのである。
レム睡眠の発見は、いわば新大陸の発見にも比することができよう。当時、見るもの触れるものすべてが新鮮で、研究はつねに新しい発見に満ちていた。実験を行なえば、興味深いデータが得られないことはなかった。自分の手でつかみとった発見。
誰ものぞきこんだことのない世界。「未知の大陸」を探検することによって得られるスリルは、まさに「麻薬的」とさえいえる。

レム睡眠と脳の活動レベル

すでに述べたように、鬱病患者からレム睡眠だけを奪うと症状が改善される場合がある。この現象を最初に報告したのは、アメリカのエモリー大学(ジョージア州)に勤める精神科医ジェラルド・ヴォーゲルである。彼は、かつてアラン・レクトシャッフェンのもとで学んだ。ヴォーゲルによれば、内因性の鬱病患者から1晩か2晩レム睡眠を実験的に奪うと、それだけで患者の精神状態は快方に向かったという〔「内因性の鬱病」とは、原因が不明で自生的に生じる一病の意〕。また、不眠など、鬱病患者が示す睡眠障害も、レム睡眠を奪った後はすっかり見られなくなった。ただし、皺一病の症状が完全に消失した患者もいたが、前にくらべて症状が軽くなっただけという患者もあった。いずれにせよ、患者は以前より活発な態度を見せるようになり、落ちついた気分で生活できるようになったという。
鬱病患者の眠りには非常に特徴的な点がある。それは、睡眠検査をしてみれば容易にわかる。つまり、第3段階と第4段階の眠りが非常に少なく、レム睡眠の出現時期が早いのである。健康な人の場合、最初のレム睡眠が始まるのは入眠後80〜90分の頃だが、曇病患者では入眠後20〜40分でレム睡眠に入る。また、鬱病患者は健康な人よりレム睡眠の持続時間が長く、しかも、レム睡眠時の体内現象が非常に激しいかたちで観察される。とくに眼球運動の違いは明瞭である。つまり、鬱病患者のレム睡眠時の眼球運動は、健康な人にくらべると非常に頻度が高く、活発である。これは、「レム睡眠時の眼球運動はかならずしも夢の内容を直接反映しているわけではない」という主張を裏づける証拠が、また一つ増えたということでもある。
では、いったいなぜ、鬱病患者の眠りからレム睡眠を奪うと、その症状が改善されるのだろうか。この点について論じる前に、まず、動物を使った実験結果を紹介しておくべきだろう。すなわち、動物から逆説睡眠(=人間のレム睡眠)を奪うと、どのような結果を招くかという実験である。
たとえば、ラットから逆説睡眠を奪うには、次のような簡単な実験装置を用いる。まず、底面の直径が7〜10センチの植木鉢を用意する。そして、水をはった容器の中に、その植木鉢を「逆さまに」置く。容器内の水の量は、鉢の底面ぎりぎりのところまで来るようにする。そして、逆さまに置いた鉢の上にラットを一匹置いてやるのである。鉢の底面は非常に狭いので、ラットは自分の頭が濡れないよう、つねに頭部を水面より上に保つことになる。つまり、首の筋肉をたえず緊張させておかなければならないわけである。ここで思い出してほしいのが、逆説睡眠時の体の筋肉の状態である。つまり、逆説睡眠に入ると骨格筋がほぼ弛緩しきってしまうため、当然首をささえる筋肉からも緊張が失われる。要するに、ラットが起きているあいだ、首の筋肉が普通に機能していれば、頭部は濡れずにすむ。また、眠ってしまったとしても、逆説睡眠以外の睡眠段階であれば、首を支える程度の筋肉の緊張は残っている。ところが、逆説睡眠に入ると、首から力がすっかり抜けてしまうため、頭部が水面に触れる。その結果、ラットは目ざめることになるのである。
この独創的な実験方法は「植木鉢法」と呼ばれている。実際に実験してみると、ラットは人間よりもはるかに長いあいだ、逆説睡眠なしの生活に耐えることが明らかとなった。第一一章で紹介したように、レクトシヤッフェンもラットから逆説睡眠を奪う実験を行なったが、実験は40日から60日間続いたという。この期間をすぎると、ラットは死をむかえることとなる。
では、ラットが死亡する前に実験を打ち切るとどうなるだろうか。たとえば、マウスやラットを使って実験してみると、逆説睡眠を奪った後、脳の活動レベルが通常よりも商い状態にあることが明らかになった。この事実はさまざまな実験テクニックによって確認することができる。
たとえば、動物の頭部に強い電気ショックを与えると、てんかん発作にも似た痙拳が体に生じる。このとき、脳の活動レベルが高いほど、低い電圧で痙摯を起こすことができる。そこで、ラットから逆説睡眠を奪い、電気ショックを与えてみたところ、非常に低い電圧で痙拳が生じた。ふつうに眠った個体や、逆説睡眠以外の睡眠を奪われた個体にくらべると、逆説睡眠を奪われた個体は、低い電圧ですぐに痙摯を起こすのである。
また、逆説睡眠を奪われたラットは、実験後、その不足分を取り戻すかのように逆説睡眠を大量にとることが知られている。ところが、実験中のラットに電気ショックを何度か与えておくと、与えない場合にくらべ、実験後の逆説睡眠の増加率が少なくなる。これは、電気ショックが何らかのかたちで逆説睡眠の肩がわりをしたと考えることができる。
ネコを使った実験においても、逆説睡眠と脳の活動レベルのあいだに関連のあることが示唆されている。デメントらは、ネコを実験対象とし、逆説睡眠が観察されるたぴにネコを起こすという手続きを繰り返した。実験を開始して何日か経つと、ネコはむやみに性行動を見せるようになった。また、実験前にくらべて摂食量が異常に増えた。比較のために、逆説睡眠以外の睡眠を奪った個体も観察したが、やはり、逆説睡眠を奪った個体の摂食量の方がはるかに多かった。デメントは、ネコから逆説睡眠を奪うと、性行動と摂食行動という2つの本能的な行動が活発になる–つまり、関連する脳内回路の活動レベルが上昇すると考えた。
ここで思い出してほしいのは、ミシェル・ジュヴェの実験である。通常、逆説睡眠に入ったネコの脳は、脊髄に特殊な命令を発し、骨格筋へと伝わるべき指令を抑制してしまう。ところがジュヴェはネコの体に外科手術をほどこして、この抑制メカニズムをとりのぞいた。つまり、逆説睡眠に入っても筋肉が弛緩しないような状態を作り出したのである。実験の結果、逆説睡眠時のネコにはさまざまな行動が観察された。とくに頻繁に見られたのは、「本能」にもとづくような行動である。したがって、逆説睡眠時の脳内では、本能と密接にかかわる神経ネットワークがトレーニングを受けているのではないか–ジュヴェはそう推論した。
ジュヴェの仮説とデメントの実験を考えあわせると、ネコから逆説睡眠を奪うと、性行動と摂食行動に関する脳内プログラムが、必要以上に走り出すのではないかと予想される。
以上の観点から、鬱病に対するレム断眠の治療効果を説明することができる。鬱病患者は覚醒時の脳内の活動レベルが低く、神経インパルスのレベルも低い。したがって、レム断眠を行なうことで起きているときの脳の活動レベルが高まり、症状の改善につながると考えられる。
また、鬱病に対する効果的な治療の1つとして、患者の頭部への通電があげられる。すでに見たとおり、ラットから逆説睡眠を奪う実験を行なう際、実験中に電気ショックを与えると、実験後の逆説睡眠のリバウンドが減ることが明らかとなっている。

記憶とのかかわり

レム睡眠が脳の活動を促進するという仮説は、「記憶」という観点から説明することもできる。すなわち、レム睡眠は、記憶の定着をうながす効果をもつと考えられている。
ものごとを記憶したり想起したりするとき、脳内では何らかの変化が生じているはずだ。つまり、脳の中で、記憶や想起のベースとなる具体的な生化学的変化が起こっていると考えられる。だが、そのくわしいメカニズムはまだよくわかっていない。
しかし、近年の研究を通じて、記憶情報が神経システムに書きこまれていくしくみについて、さまざまな知見が得られるようになった。たとえば、大きく分けて、記憶には2種類ある。すなわち、短期記憶と長期記憶である。私たちは、外界から受け取った情報をまず短期記憶として保存する。その際保存される情報量は、まとまった意味をもつ記憶項目を一つの単位として考えると、5つから9つの情報単位にかぎられる。
しかも、保存時間は30秒程度にすぎない。この短期記憶は、そのまま再学習せずにおくと、失われてしまう。一方、長期記憶は、いわば「中央情報バンク」であり、ここにたくわえられた記憶は一生を通じて保持される。人は小さい頃から、学校の授業や日常生活の体験の中で得た情報を長期記憶として定着させていく。
また、目や耳をつうじて得た感覚的情報の一部も、場合によっては長期記憶として保存される。自転車に乗ったり、泳いだりするような運動記憶も長期記憶の一部となる。情報を長期記憶として定着させるためには、しかるべき手続きにしたがって情報を加工・分類し、すぐ取り出せるようなかたちに保存しなければならない。その手続きを経て初めて、脳内に長期記憶が形成されるのである。
脳内における記憶形成は非常に複雑なメカニズムにもとづいて行なわれている。たとえば、長期記憶・短期記憶などのように、記憶すべき情報のタイプによって、それぞれ脳内での保存場所が異なると考えられている。
近年の研究成果によると、長期記憶の形成に際して、脳の一部に非常に活発な神経活動が観察されており、記憶との関連が示唆されている。とくに脳の「海馬」と呼ばれる部位は記憶と密接な関係をもつと考えられている。また、神経活動にともなって、脳のさまざまな部位で生化学的な変化が起こることが確認され、分子レベルでの研究も進んでいる。
さて、この記憶の定着に関して、近年、レム睡眠とのかかわりが示唆されるようになった。すなわち、記憶はレム睡眠時に定着するのではないか、というのである。あらゆる記憶がレム睡眠と関係しているかどうかはわからないが、少なくとも、ある種の学習行動については、レム睡眠時に記憶の定着が進むのではないかと考えられている。事実、実験的に動物から逆説睡眠(人間ならレム睡眠)を奪うと、記憶力が悪くなり、学習能率が低下する。逆に、動物の学習プロセスを追ってみると、記憶定着の過程で逆説睡眠の量が増えることも報告されている。
学習期間中の逆説睡眠の増加現象については、多くの実験報告がある。とくに、フランスの研究グループ(エリザベト・エヌヴァン、ヴァンサン・ブロック、ピエール・ルコント)は、数多くの報告を行なっている。彼らの実験の概略は次のとおりである。まず、実験に先だって予備調査を行なう。すなわち、実験材料となる動物のふだんの生活を数日間くわしく観察し、逆説睡眠と非逆説睡眠の基本量を調べておく。それから学習実験を開始するわけだが、訓練終了の時刻が、被験動物の通常の睡眠時間帯に一致するよう、実験のスケジュールを調整する。そして、毎日の学習訓練が終わった後で睡眠状態を記録するのである。
こうして、マウスやラットを使ってさまざまな学習実験を行なってみると、実験の後で逆説睡眠が増えることが明らかとなった。たとえば、ラットに回避行動を学習させるとする。すなわち、フラッシュ光やブザー音と同時に、ケージの中のラットに電気ショックを与え続ける。この電気ショックを止めるためには、ラットはケージ内の決められた場所へ逃げこまなければならない。こうして学習実験を行ない、その直後の睡眠状態を3時間にわたって記録する。実験の結果、学習がまだ完了せず、あらたな行動を獲得しつつあるときは、逆説睡眠の量がいちじるしく増えたという。一方、学習が完了し、ほとんどミスが見られなくなると、逆説睡眠の量も実験前のレベルに戻る。また、比較のために、フラッシュ光やブザー音、電気ショックといった条件は同じにしておき、逃げこむ場所は用意しない。つまり学習すべき課題のない条件を動物に与えた場合、逆説睡眠が増えることはなかった。
また、レヴァーを押すと水が出てくる実験装匿や迷路実験装置などを使って動物の眠りを観察したところ、やはり学習した行動が定着していく過程で逆説睡眠の増加が認められた。その際、学習実験直後の睡眠を許さず、3時間は眠れないようにすると、学習能率が低下した。また、3時間後、ようやく眠りにありついたラットの眠りには逆説睡眠の増加が見られなかった。ブロック、エヌヴァン、ルコントらは、自分たちの実験結果を次のようにまとめている。すなわち、「記憶を定着させる際、逆説睡眠が非常に重要な役割を果たす。とくに、学習訓練直後に十分な量の逆説睡眠をとることが重要である」。
一方、この結論を逆の面から示唆する実験も報告されている。すなわち、逆説睡眠を選択的に奪ったときの学習効率を調べる実験である。具体的には、毎日の学習訓練後、前述の「植木鉢法」–水をはった容器の中に植木鉢を置き、その底面にラットを乗せるという方法–によって、逆説睡眠を奪う。そして2〜3時間後、もとのケージに戻してやるのである。比較のために、異なる条件についても観察を行なう。つまり、学習訓練後すぐケージに戻して眠らせた場合、あるいは、訓練後とりあえず2時間だけケージに戻し、その後で植木鉢に移して、やはり2〜3時間のあいだ逆説睡眠を奪った場合のそれぞれについても、学習効率を調べる。
このタイプの実験は、チェスター・パールマンとラモン・グリーンバーグが行なっている。その結果彼らは、脳内に記憶を定着させるためには、やはり学習実験直後の逆説睡眠が非常に大切だということを指摘している。つまり、訓練後24時間経った時点での学習成功度を調べてみると、訓練直後に逆説睡眠を奪われた個体だけが成績が悪かった。一方、訓練後2時間眠らせてから逆説睡眠を奪った個体に関しては、とくに成績が落ちることはなかったのである。要するに、訓練直後の2時間が、記憶定着には重要な時間帯だと考えられる。
逆説睡眠と記憶の関連については、電気ショックを使った実験からおもしろい結果が得られている。まず、学習訓練を受けたラットに強い電気ショックを与えると、学習内容が「消去」されてしまうことが実験によって証明された。ただし、電気ショックを与えるタイミングが重要となる。つまり、学習が完了したばかりの時点ですぐさま電気ショックを与えると、記憶が失われてしまうのである。だが、学習訓練後2〜3時間の睡眠を与えられると、もはや電気ショックの効果はない。つまり、電気ショックが消去効果を発揮するのは、記憶が脳内に定着しつつある時期においてであって、完成した長期記憶には影響を与えないと考えられる。
さて、逆説睡眠を奪うと記憶の定着がさまたげられるのだとすれぱ、次のような予想を立てることができる。まず、学習訓練後すぐ逆説睡眠を奪い、その状態を3時間続けた個体に電気ショックを与えてみる。同時に、訓練後すぐケージに戻し、自由に眠らせた個体にも3時間後に電気ショックを与える。その場合、電
気ショックの消去効果は、逆説睡眠を奪われた個体の方が大きいはずだ。そこで実際に実験を行なってみると、予想どおりの結果が得られた。つまり、逆説睡眠を一定期間奪い、その直後に電気ショックを与えると、学習された記憶内容は完全に消えてしまったのである。
だが、いくつかの研究結果によると、逆説睡眠と記憶の関係には、けっして単純な図式では割り切れない部分があるようだ。つまり、場合によっては、逆説睡眠を奪っても学習効率が低下しないこともある。それは、個体の生存にかかわるような行動を直接学習する場合である。たとえば、ケージ内のある特定の場所だけに電流を流し、ラツトがそこを通ると電気ショックが体に流れるような実験装置を準備する。すると、電気ショックを受けたラットは、そこを「危険地帯」と認識し、かならず避けるようになる。ここでラットから逆説睡眠を奪ってみても、学習効果がうすれることはない。というのも、動物にとって、身のまわりの危険な場所を記憶しておくことは、生きていく上で非常に重要な能力だからである〔ここでの実験は、電流の流れている場所を避けるだけである。このような直接的な学習課題に対して、逆説睡眠の有無はあまり影響しないと考えられる〕。人間の場合、実験を行なっても、レム睡眠と記憶の関係をはっきりしたかたちでとらえられないことが多い。これは、人間にとって生死にかかわるような重要な課題を学習訓練の課題とすることがないからであろう。つまり、人間の記憶能力にレム睡眠が関係するのは、ごく一部のケースにかぎられると考えられる。とはいえ、両者の関係を示唆するような事実も報告されている。
たとえば、脳の障害が原因で言葉を話せなくなることがある。失語症の一種である。この病気にかかった患者は言語機能を回復しようと努力するわけだが、その再学習のプロセスを観察すると、レム睡眠が関与しているように思われる。つまり、患者の中には、順調に言葉を取り戻し、ほとんどもとの状態にまで回復する人もいるし、まったく回復のようすが見られない人もいるわけだが、回復した人の場合、回復期のレム睡眠量がふだんより増えていたのである。万万、回復の見られない場合、レム睡眠の量にとくに変化はなかった。
また、最近の報告だが、若いうちに母語以外の言葉を身につけようとして集中的に学習すると、レム睡眠が増加するという。この結果は、ルコント、エヌヴァン、ブロックらが動物を使って行なった実験結果に一致する。
同じような観点から、レム睡眠と知的能力の関係について、次のような報告がある。精神発達の遅れた子どもの眠りを調べたところ、レム睡眠の継続時間が、同年齢の子どもよりもたいてい短く、急速眼球運動の頻度も少なかったというのである。
さらに、人間のレム睡眠は、おもに知覚能力や運動感覚の学習と関係している可能性もある。これは、イスラエルのワイツマン科学研究所での実験結果にもとづく仮説である。ワイツマン科学研究所のアヴィ・カルニとドヴ・サーギらが率いる研究グループは、綿密な実験計画を立てた。まず、被験者に一つの図を提示する。図の中には多数の小さな図形が縦横に整然と並んでいるのだが、図形には方向性があり、ごく一部の図形を除けば、みな同じ方向を向いている。被験者の課題は、そこにまぎれこんだ図形、つまり向きの異なる図形をすばやく発見することだ。その際、方向の異なる図形は、被験者の視野の周辺部にくるようにする。この実験がユニークなのは、学習訓練をいったん終えて、ハ〜10時間のインタヴァルを置くと、急に課題に対する成績がよくなるという点である。
カルニらは、被験者に訓練後すぐ睡眠をとってもらい、翌日起きてからふたたび実験を行なった。その結果は予想どおりで、成績は大きく伸びていた。また、第3〜4段階のノンレム睡眠をさまたげても、やはり成績が向上することが明らかとなった〔実際の手法としては、第3〜4段階に入った時点で被験者を一時的に起こす。
被験者はごく短時間目ざめた後、ふたたび第3〜4段階に戻るので、一定時間経ってから同じ手続きを繰り返す。この手法によって、目的の睡眠段階をかなりの程度奪うことができる〕。
ところが、レム睡眠だけをさまたげた場合は、あまり学習成果が上がらなかったのである。したがって、この実験で課題としたような知覚能力は、レム睡眠中に形成され、身につくのではないか–これが、カルニらの結論であった。
この実験結果から予想されるのは、知覚能力や運動能力のように、一連の手続きをまとめて記憶するような学習プロセスにおいて、レム睡眠が重要な役割を果たしているのではないか、ということである。この観点から考えると、生まれたばかりの子どもにレム睡眠が非常に多いこともよく理解できる。すなわち、生まれてから数カ月のあいだ、子どもはあらたな知覚能力や運動能力を獲得するために日々学習を繰り返す。そのため、レム睡眠の量も多くなるのではないかと考えられる。
レム睡眠と記憶の関係については、まだ実証的な研究が少ない状況だが、理論面からのアプローチとして、近年注目されている仮説がいくつかある。中でもよく知られているのが、フランシス・クリックによる仮説である。クリックは、J・D・ワトソンとともにDNA研究を行ない、DNAの塩基配列が遺伝子情報の担い手となっていることを発見した。この業績をもとに、1962年、クリックとワトソンはノーベル生理学医学賞を受賞している。1983年、クリックは、数学者であるグレアム・ミッチソンとともに、レム睡眠に関する記事を「ネイチャー」誌に発表した。「ネイチャー」は、クリックとワトソンがDNA構造について歴史的な論文を発表した科学雑誌である。
クリックとミッチソンによれば、レム睡眠の役割は脳内の記憶を整理することにあるという。脳内には無数の神経細胞が存在しているが、その神経細胞はたがいに結びつきあって、数え切れないほどのネットワークを形成する。こうした脳の神経ネットワークの上に、さまざまな情報が関連をたもったかたちで書きこまれていく。そして、レム睡眠に入ると、脳内で情報のネットワークが取捨選択され、整理続合される。つまり、起きているときに取りこんだ情報のうち、不要な情報をネットワークから「消去」するのがレム睡眠の役割だという。彼らは、もしこうした情報の消去が行なわれなかったとすると、私たちが毎日脳に蓄積する情報の量は莫大なものとなり、いずれ脳の記憶装置はマヒしてしまうだろうという。また、私たちがレム睡眠時に見る夢は、情報が記憶から消去される際、その不要な情報が表象化されたものだ、というのがクリックとミッチソンの考えである。
どのようにして、記憶装置にたくわえられた情報を脳が取捨選択するのか、その具体的なしくみについて、ここではこれ以上立ち入らないことにする。というのも、このメカニズムを理解するためには、「神経ネットワーク理論」という新しい仮説が駆使する、特殊な数学理論を必要とするからである。
ただ、クリックとミッチソンは、論文の最後でレム断眠について触れ、次のような仮説を自信をもって披露している。すなわち、人間がレム断眠を長期間続けると、精神分裂病にも似た重大な認知障害を引き起こすであろうというのである。これまで行なわれたレム断眠実験が認知障害も記憶障害も引き起こさなかったのは、ただ実験期間が短かったためだ–彼らはそう主張する。だが、この仮説は本当に正しいのだろうか?
 
 

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