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睡眠

短時間睡眠と長時間睡眠

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短時間睡眠と長時間睡眠

短眠者と長眠者

睡眠研究所には、いろいろな悩みをかかえた人々が相談にやってくる。中にはひどい不眠を訴える人がいる。「一睡もできないんです。何カ月も前からずっとです。いや、もしかしたら、もう何年も寝ていないかもしれない」などという人さえいる。何日も寝ていない?そう断言する「自称不眠症患者」は多いが、実際にそういう人の眠りを観察してみると、完全な不眠状態が続くのはせいぜい2〜3日どまりである。人間が断食に耐えうる期間にくらべれぱ、断眠を続けられる期間は比較的短い。
睡眠が人間の基本的欲求であることについて議論の余地はないだろう。だが、一人一人について見ると、その睡眠時間はまちまちである。中世の著名なユダヤ人哲学者マイモニデスによれば、人間は一日の3分の1、つまり8時間眠るべきだという。トマス・モア卿描くユートピアにおいても、その幸福な住民たちは毎日正確に8時間の睡眠をとっている。人の睡眠時間は8時間が適当だという「神話」は広く定着しているが、その考えが普及する上で、マイモニデスやモアのような過去の言説が何らかの影響を与えているとも考えられよう。
テクニオン睡眠研究所では、1980年、1500人の肉体労働者を対象にアンケートを行ない、彼らの睡眠習慣を調査した。その結果、イスラエルの平均的なブルーカラー労働者は、ふだんの日は一日に約6・5時間眠り、週末になるとほぼ8時間寝ていることがわかった。高校生の睡眠時間も短い。最近、約6500人の児童や生徒を対象に調査が行なわれたのだが、その結果によると、高校生の4分の一は、睡眠時間が6時間に満たないという。実際、昼のあいだ頻繁に居眠りをしてしまう高校生の数は、全体の4分の3にも
およぶということだが、夜の睡眠時間の少なさを考えれば不思議なことではない。これらのデータから、肉体労働者や中・高校生は過度の睡眠不足にあると結諭してかまわないのだろうか? また、睡眠不足は仕事の生産性や能率に影響をおよぼすのだろうか? 睡眠時間と事故発生率のあいだには何らかの関係があるの
だろうか? 睡眠時間が成績に影響をおよぼすと考えてよいだろうかっ’一?これらの問題についてはすぐ後で触れたいと思うが、たしかに、睡眠時間と能率のあいだには、場合によっては密接な関係が認められる。
ところで、記録的な短眠者としては、イギリスのM看護婦の例が知られている。彼女はロンドンの「地区看護婦」〔特定地区内の病人を訪問看護する〕として働いていた。調査にあたったのはレイ・メディスらである。
調査当時、M看護婦は70歳の年齢に達していた。本人の話によると、一日におよそ一時間しか眠らないという。メディスらが実験室でM看護婦の眠りを調べようとしたときも、実験担当者の方が眠たくなってしまうので、人員交代をしなければならなかった。むしろ驚いたのは、被験者のM看護婦である。彼女にしてみれば、人がなぜそれほど長時間眠らなければならないのか理解できないし、だいたい眠りに時間をとられるのは「時間の無駄」ではないかというのである。メディスらは、M看護婦が常識を超えた短眠者であることを認め、「彼女がなぜそんなに眠らないでいられるのか、まったく理解に苦しむ」といっている。
M看護婦よりさらに睡眠時間が短い例も知られている(ただし、研究室で客観的な測定が行なわれたわけではない)。1974年、睡眠に関する初めての国際会議がエジンバラで開かれた。世界中から睡眠研究者がイギリスに集まったわけだが、エジンバラに向かう前に、ロンドンに立ち寄った研究者もいた。じつはロンドンに孤児院があって、その院長がなみはずれた短眠者だというのである。彼がほぼ完全な無眠者だということが人に知られるようになったのは、BBCによるテレビ番組が原因であった。その番組の中で、彼は一日にのべ15分しか眠らない人間として紹介された。その結果、一躍人々の注目を集めることになったのである。
睡眠研究者たちは、この常識を超えた短眠者に会いたい一心でロンドンの孤児院を訪れた。彼らは、実際にその睡眠習慣を確認するつもりであった。なにしろ、一日にたった15分という睡眠時間は、それまで考えられていた最低基準をはるかに下回る数字である。もしかすると、睡眠などというものは本来無用の長物で、人間は眠らなくても生きていけるのではないか、という仮説を裏づけることになるかもしれない。
幸いなことに、私もこの孤児院を訪れる機会を得た。実際に会ってみると、院長は非常に紳士的な人物で、その人柄に私は感銘を受けた。私が孤児院を訪れたのは夏時間の午後一一時のことだったのだが、彼は50人ばかりの子どもたちとともに遊んでいた〔ロンドンのサマータイム時においては、日没は午後10時頃である〕。
施設の人間に院長のことについてたずねると、口をそろえて「院長が寝ているのを見たことがありません」という。私の印象では、彼の睡眠時間は長くて5分程度ではないかと思われた。彼はかつて英国空軍の中佐だったとのことだが、同僚たちは彼がほとんど眠らないのをいいことに、夜間の任務をすべて彼にまかせてしまったという。この男性の眠りに興味をもった私は、イスラエルにある私たちの研究所で睡眠実験に協力してもらえないかと話をもちかけた。ところが、彼は断固として首をたてに振ろうとはしなかった。この男性を直接訪ねた睡眠研究者は私だけではないのだが、彼の説明によると、どの研究者も例外なく似たような話をもち出したという。彼はきっぱりと私の依頼を断った。「私はラットでもなければモルモットでもないんです。あちこちの研究所を連れまわされて、自分の眠りについて調べられるなんてまっぴらです。信じていただけるかどうかわかりませんが、私の話に嘘いつわりはありません。とにかく、私はほとんど眠らない人間なんです」
だが、M看護婦の例も孤児院の院長の例も、じつはごくまれなケースにすぎない。睡眠時間は人によってまちまちではあるが、ほとんど眠らないといってよいような人はまったくの少数派である。人間の睡眠時間は、生物に見られるさまざまな特徴と同様、「正規分布」するといわれている。これは世界各国のデータを総合した結果であり、研究者のあいだでも異論のない結果である。睡眠時間が正規分布するというのは、横軸に睡眠時間、縦軸にその例数(H人数)をとったとき、グラフが左右対称の「釣り鐘」のようなかたちを描く状態である。具体的には、ほとんどのデータが4・5時間から10・5時間のあいだにおさまる。成人の場合、6・5時間からハ・5時間眠る人が、全体の65パーセントを占めている。
睡眠時間と性格のあいだに何らかの関係があるのではないかと考えた研究者もいる。アメリカの精神分析医、アーネスト・ハートマンはその一人だ。彼は膨大な時間をかけて精力的な調査を行なった。そして、毎日平均5時間眠る人たちと、毎日9時間以上眠る人たちを比較し、平均睡眠時間が違えば性格も異なると結論した。睡眠時間の短い人たちは、おしなべて行動家であり、積極的に物事に取り組み、次々に仕事を進行させようとする。また彼らは、仕事をすることが楽しく、生きることに喜びを見いだす人々であり、不平や不満をもらすことも少ない。
一方、睡眠時間の長い人々には、さほど一定の傾向というものは見られない。「永遠の学生タイプ」と形容すべき人々もいれば、「非順応主義者」とでもいうべき人々もいる。「永遠の学生タイプ」とは、いろいろな講座を渡り歩いて大学をなかなか卒業しようとせず、ずっと学生の身分でいるような人である。「非順応主義者」は社会規範を無前提に受け入れることのできない人たちで、睡眠実験についても懐疑的だし、政治問題や経済問題などについてもつねに問題意識をもって、批判的なスタンスをくずそうとしない。
睡眠時間の長短によって性格に差が認められるにしても、では、睡眠時間そのものが性格に直接的な影響をおよぼしているのだろうか? それとも逆に、性格が睡眠時間を決定しているのだろうか? たとえば積極的に物事に取り組み、次々と仕事を進めたがるような人は、いつも忙しくて休むひまもない。その結果、
睡眠を「時間の無駄」とみなし、あまり眠らない生活を送ることになってしまうのだろうか? これはニワトリと卵の関係を思わせる。だが、残念なことに、ハートマン以外の研究者は、睡眠時間と性格のあいだに関連性を認めていない。
バーニー・ウェブもこの問題に取り組んだ研究者の一人だ。ウェブによれば、睡眠時間と性格は、直接には関係ない別個の現象だという。彼は著書『眠りー優しき暴君」の中で次のようにいうーー「人間には、耳の大きい人もいれば、小さい人もいる。それとまったく同様に、睡眠時間も個人個人でそれぞれ適当な長さが決まっている。だが、睡眠時間の長短が、耳の大きさとか髪の毛の色といった形質に影響をおよぼすとは考えにくい。もちろん逆に、耳の大きさや髪の毛の色が睡眠時間を左右するということもありそうなこととは思えない」。要するに、睡眠と性格も別個の現象だというのである。期待を裏切るような結論ではある。
しかしそれでも、生まれつきの長眠者と、生まれつきの短眠者をくらべれば、おのずと生活習慣や生活スタイルに差が生じるのは当然であろう。要するに、一日5時間しか眠らない人は起きている時間が長いわけだから、結局何かすることを見つけて行動することになると考えられる。
歴史上の人物の睡眠時間をデータとして参考にすることもできるが、結論らしきものを引き出すことはできない。つまり、まったく一定の傾向というものが見いだせないのである。たとえば、天才発明家と呼ばれるような人や、戦争中の活躍で有名になった人物の中には、長時間睡眠者もいれば、短時間睡眠者もいる。
たとえば、白熱電球を発明したエジソンも、数々の戦争を戦い抜いたナポレオンも、なみはずれた短眠者であった。しかも、エジソンは睡眠を時間の無駄とみなし、眠ってばかりいるのは知恵の足りない証拠だとさえいっていたのである。だが、アインシュタインは長時間睡眠者であった。エジソンがそのことを知っていれば、睡眠についての考えをあらためたことだろう。

睡眠時間を削る

人は最低限何時間眠ればよいのだろうか? これは昔から多くの人を悩ませてきた問題である。しかし、すべての人間についてあてはまる基準などというものはない。たとえば、小さい子どもがあまり眠らずに起きてばかりいるとする。だが、たとえ夜ふかしをしたとしても、注意力が散漫になったり、調子が悪くなっ
たりするようすがなければ、とくに心配する必要はない。元気に起きていられるのであれば、それで十分睡眠は足りているはずだ。大人でも事情は変わらない。毎日5〜6時間しか眠らないのに、いつも元気で、精力的に仕事をこなすような人がいる。それでいて慢性疲労を訴えるでもなく、さして眠気も強くないという。
眠たくならないのなら、睡眠時間は十分足りていると考えてよい。
また、睡眠時間や起床時刻などといった毎日の習慣は、どの程度まで融通がきくものだろうか? つまり、身についた睡眠習慣は簡単に変更できるものだろうか? この問題は、とくにイスラエルのように徴兵制のある国では無視できない意味をもつ。たとえば、イスラエルの高校生は最終学年最後の期末試験を終えると、毎日昼の12時頃になって、ようやくベッドから這い出すような生活を続ける。そして卒業後は兵役に加わることになるのだが、すると今度は、毎朝5時か6時には起きなければならない。睡眠時間についても、およそ6時間にまで切り詰めることとなる。中には、そんなに朝早く起きなければならないのだったら兵役を勤めるのは絶対に無理だ、という者さえいる。いったい睡眠習慣というものは、どこまで融通がきくのだろうか?
ふだんの睡眠時間をさらに切り詰めることができれば、自由に使える時間も増え、さらに生産的な生活を送ることができるだろう。もちろん、睡眠時間を削っても悪い影響が現れないと仮定した上での話である。
この可能性は、誰にとっても非常に興味深いテーマではないだろうか。
イギリスの睡眠研究者ジム・ホーンによれば、睡眠にはどうしても削ることのできない「コア」部分と、本来なくてもかまわない「余剰」部分があるという。生物が生きていく上で大切なのは、もちろん「コア」部分であり、その大半は基本的に「深い睡眠」で占められている。ホーンによれば、コア部分以外の睡眠時間は「余分な」眠りにすぎず、余剰部分を削ったとしても、体に害をおよぼすことはない。そういう意味で、ホーンは人間の睡眠習慣を食習慣になぞらえる。つまり、食べ物を食べるという行為は、生物が生きていく上で必要不可欠な行動なわけだが、人間はただ生きていくために食べているわけではない。人間の食習慣には、本能的欲求以外のさまざまな意味がふくまれている。食事の量一つをとってみても、体が必要とする最低ラインを超えていることは多い。
実際に日々の睡眠時間を削ると、どのような影響が現れるだろうか? たとえば、一日の睡眠時間を20〜30パーセント短縮し、その状態を何日も続けていくと、どうなるのだろうか? だが、意外なことに、慢性的な睡眠不足についての研究は、これまであまり行なわれてこなかった。研究者たちは、睡眠時間を部分的に削ったらどうなるか、という点にあまり関心はなかったのである。ただし、睡眠を「完全に」奪ったときの影響を調べる実験は数々行なわれてきた。実際には、慢性的な睡眠不足の方が、一般の人々には身近で現実的な問題なのだが。バーニー・ウェブとポプ・アグニューは、この点を確かめようと、若い成人を対象に実験を行なった。ウェブらは、一日7・5〜8時間の睡眠をとる被験者に対し、5・5時間睡眠の生活を60日間続けるように求めたのである。だが、実験の結果、眠気は増すものの、とくに病的な行動が現れるようなことはなかった。変化があったといえば、レム睡眠の総量であろう。睡眠時間の短縮にともなって、レム睡眠はいつもの4分の1にまで落ち込んだのである。
ウェブとアグニューは、雑誌「心理生理学」に発表した論文の中で次のように述べている。「仕事、精神的な問題、不眠症などが原因となって、眠れぬ日々を送らなければならない人々がいる。この状態がごく短期間に解消されれば、まず問題はない。しかし、もし比較的長期にわたって慢性的な睡眠不足が続いたとしても、睡眠不足そのものが、とくに病的な行動を引き起こすということはあまりないと考えられる」
アメリカ海軍も、ウェブらと同じような実験を行なった。兵士の睡眠時間が短縮できれば、軍にとってもメリットが大きいのは明らかである。実験は何度も行なわれたが、第一回の実験に参加したのは、毎日8時間の睡眠を習慣とする3人の被験者であった。実験開始後、被験者は一定の割合で睡眠時間を短縮し、決められた目標を達成すれば報酬を得る。具体的には、3週間で30分という短縮率をクリアしなければならない。こうして徐々に睡眠時間を削り、それを4〜5ヵ月間続ける。ただし、もうこれ以上睡眠時間を短くすることができないと思ったら、その時点で実験を退いてよい。
実験する側が知りたいのは、被験者がどこまで睡眠不足に耐えられるかということと、徐々に睡眠時間を少なくしていったとき、被験者の行動にどのような変化が生じるかという問題であった。また、被験者には知らされていなかったのだが、実験にはもう一つの目的があった。すなわち、睡眠短縮実験が一応終了し、報酬の支払いもすんだ後での被験者の睡眠時間である。実験期間中に一度短くなった睡眠時間は、実験後もそのまま維持されるのだろうか?実験が進むにつれ、被験者の睡眠時間は限界に近づいていく。最終的に2人は5時間睡眠でリタイアし、残りの一人は4時間が限界だった。実験終了まぎわになると、無視できないほどの影響が現れた。3人とも明らかに寝不足で疲れたようすを見せ、ささいなことにも怒りっぽくなり、過敏な反応を示すようになったのである。だが、いちぱん驚くべき結果は、実験後の経過であった。というのは、実験が終了し、報酬支払いがすべてすんだ後も、被験者のふだんの睡眠時間が8時間に戻ることはなかった。実験前は3人とも毎日8時間眠っていたのに、実験が終わって8ヵ月経った時点で、全員が6・5〜7時間睡眠を保っていたのである。彼らの回答によれば、8時間睡眠でなくても生活していけることがわかったし、睡眠時間が短くなればその分時間を有効に使える、とのことであった。
この実験に引き続いて、アメリカ海軍のサン・ディエゴ支部が同様の実験を行なった。被験者としては、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校の学生の中から毎日7・5〜8時間の睡眠をとる央婦5組が選ぱれた。
この実験においても、睡眠時間を30分ずつ削っていく設定なのだが、先に述べた実験とは違って、最初の10日で30分、次の3週間で30分という、段階的なスケジュールが立てられた。3週間ごとに30分ずつ削っていって、睡眠時間が6時間を切ったら、今度は1ヶ月につき30分の短縮率を適用する。
こうして実験を進めた結果、どのカップルの睡眠時間も6時間を下まわった。その中で、もっとも頑張った夫婦の睡眠時間は4・5時間である。また、5時間睡眠に達した夫婦も一組あった。この結果は、先に紹介した実験結果とさして変わらない。
また、これ以上睡眠時間を削れないという限界状態に達すると、被験者の疲労の度合いは高まり、ささいなことでも怒りやすくなった。この点も、先の実験と同様の結果を示している。中には寝不足に耐えられなくなって、一時間は昼寝をしないと体がもたないという夫婦もあった。だが、実験が終了して一年後に追跡調査をしてみると、どの被験者も実験前にくらべて睡眠時間が短くなっていた。しかも中には、5・5時間睡眠を保っている者もいた。この男性の弁によれば、睡眠時間を切り詰めたせいで調子が悪くなったことはない、毎日元気に過ごしている、とのことであった。しかも彼は、かつての8時間睡眠は無駄な時間の過ごし方であり、実験後の生活にくらべると、2・5時間損をしていた気がするという。一日2・5時間といっても、月や年単位で考えるとかなりのものだし、一生を通じて計算すれば莫大な時間を手に入れることになる。まさにこの男性は実験を通じて、大いなる資産を得たようにも思われる。
だが、事はそれほど単純なのだろうか? 毎日睡眠時間を削って、それで何のリスクも生じず、自由になる時間がそのまま手に入るというのは事実なのだろうか? 近年の研究成果は、この考えを否定している。
つまり、睡眠時間を削ればそれだけ日中の眠気が増し、結局何らかの代償がともなうことになるのである。
本人は眠たくないと言い張るかもしれないが、眠気というものは、なかなかとらえにくい状態であって、本人の主張とまわりの人間の主張が食い違うことも多い。第19章で述べるように、近年、睡眠障害に対する関心が高まり、日中に過度の眠気をもたらすさまざまな症例が報告されるようになった。中には、毎日を文字どおり「半睡状態」で過ごす人も報告されており、その数はけっして少なくない。しかも、本人は自分が半睡状態であることに気づいておらず、場合によっては、まわりに指摘されても認めようとしない。
私もそうした患者に何十人と出会っている。たいてい夫婦でやってくるのだが、連れてこられる側は、眠気などまったく感じないと強硬に言い張るのである。カップルの一方が強くいわなければ、けっして睡眠クリニックを肪れるようなことはなかっただろう。診察室でえんえんと激しい口論が始まることも珍しくない。
患者が眠たくないと頑固に言い張るのに対し、連れてきた人間は、相手が居眠りをした時刻や場所まではっきり憶えている。
たしかに、極度の睡眠不足であっても、睡眠など時間の無駄だと考えるメ間にとっては、何かやり遂げる
べき目的さえあれば、日々の生活を十分こなしていくことができるだろう。だが、本人が眠気など感じないと言い張っても、意識レヴェルが低い可能性もある。これは近年の具体的な研究にもとづく結論である。たとえば、メアリー・カースケイドンは、第5章で紹介した「睡眠潜時反復検査(MSLT)」を用いて次のような実験を行なった。すなわち、被験者に5時間睡眠を一週間続けてもらい、日中の眠気を測定したのである。実験の結果、最後の2日になると、被験者の眠気はかなりのレヴェルに達した。しかも、半数の被験者において、「病的」なまでの強い眠気が観察された。ここで「病的」というのは、いわゆる睡眠障害に苦しむ患者と同レヴェルの眠気だということである。残りの被験者の眠気は、健康的な状態と病的な状態のほぼ中間のレヴェルにあった。全体として見ると、被験者が眠りにつくまでの時間は、実験開始直後は平均14.3分であったが、実験終了時には半減し、約7分にまで短縮されてしまったのである。
私の研究室で博士論文の研究を進めていたアディ・ゴネンは、若い男性が徴兵制によって兵役に参加すると、日々の眠気がどのように変化するかを調査した。眠気の測定については、カースケイドンと同じく、睡眠潜時反復検査を利用した。まず、高校を卒業し、兵役に加わる前の成人を対象とする。この時期、睡眠時
間は8.5〜10時間におよぶ。そして、軍事教練が始まって3ヵ月後、ふたたび同じ実験を行なう。だが、規則により、兵士は6時間しか睡眠が許されていない。実験の結果、軍隊での生活を始めると、かならず日中の眠気がかなり強くなることが明らかとなった。軍事教練にはさほど激しい運動トレーニングはふくまれていないので、ふだんの眠気が高まったのは、やはり睡眠時間が減ったためと考えられる。
以上の実験観察から、慢性的に睡眠不足に悩んでいる人はけっして少なくないことがわかる。とくに、青年層における睡眠不足はかなりのレヴェルにある。睡眠研究者が過度の寝不足状態に注目し、眠気がもたら
す悪影響について研究し始めたのは最近のことだが、じつはこの問題はすでにウェブとアグニューが20年前に指摘していたのである。要するに、週末に夜ふかし・朝寝坊をし、日中に居眠りをする?これでは、睡眠を十分に楽しんでいるとはいえない。ただ単に、睡眠時間の帳尻を合わせているにすぎないだろう。

「軽業師のジャンプ」80時間の断眠実験

睡眠時間を削ったり、徹夜を続けたりすると人間の体はどうなるか。仕事の能率やふだんの行動に何か変化が現れるだろうか。近年、この問題について数多くの研究成果が報告されている。被験者から完全に睡眠を奪う断眠実験は、普通2日から3日、長くて4日間続く。だが驚くべきことに、断眠を続けても、とりたてて重い病気にかかったり、病的な行動が現れたりすることはなかった。ただし、外界の刺激に対する反応がにぶり、思考能力がおとろえるという傾向は見られた。つまり、作業能率が若干低下したのである。とくに、機械的な作業よりも、注意力と記憶力を要求する複雑な作業の能率が低下した。
断眠実験を続けると、被験者の精神状態も影響をこうむる。気分はしずみがちになり、細かいことに過度に反応したり、対人関係が過敏になったりする。自分の内面にこもるような表情が増え、ささいなことにもすぐ怒り出すようになる。
また、断眠が長引くにつれ、疲れがたまり、眠気も耐えがたいものになっていくのだが、とくに早朝はつらい時間帯となる(体温と意識レヴェルがもっとも低下する時間帯に一致していることに注意すべきであろう)。実験する側も、被験者が眠らないよう、あらゆる手をつくさねぱならない。なにしろ、睡魔に襲われた被験者は、どんな状況であっても何とか眠ろうとする。
眠気に打ち勝つには立って歩きまわるのもいいかもしれないが、実験上、これは困った問題を引き起こす。というのも、被験者が夜歩きまわっていたとすると、その行動をどのように解釈すべきか、判断がむずかしくなるからである。つまり、断眠が直接的な引き金となって夜間歩行という行動をもたらしているのか、それとも、眠らないためにはなるべく動いていた方がよい、という意識的な判断によるものなのか、判断がつかなくなってしまう。断眠実験を通じて、興味深い現象が観察された。それは幻覚や錯覚といった知覚異常である。この現象は誰にでも起こるわけではなく、ごく一部の被験者で観察されるにすぎないが、非常に独特な現象であり、研究者の中にはその悪影響を心配する者もいた。
以下に、私が断眠実験で観察した幻覚現象の一例を紹介しよう。被験者はイスラエル軍の兵士であり、実験の目的は、80時間以上の断眠を続けたとき、兵士が実際の戦闘力として軍務に加わることができるかどうか、その能力を確認することであった。実験への参加を志願した兵士の数は64人におよんだ。彼らは、たとえ80時間眠らずにいたとしても、実際の戦闘に支障が生じるはずがないと考えていたし、実験を通じて、みずからの能力を上官に証明することができるはずだと信じていた。また、実験を計画した心理学者や医者に対しても、その目の前で、断眠などものともしないという態度を見せようと意気込んでいた。なお、軍内部では、この断眠実験に「軽業師のジャンプ」というコード名を与えていた。まさに一種の意気込みを表す命名といえるだろう。
実験開始後、一日目の夜とその翌日の昼は問題なくすぎていった。兵士たちはあいかわらず意気盛んで、居眠りをしそうな気配もほとんどなく、睡魔に襲われることもないようすであった。だが、2日目の夜に事態は急変し、3日目の夜になると寝不足の影響が顕著になった。つまり、2日目の夜以降、とくに日の出直前の時間帯には、兵士たちが本当に起きているかどうか、研究者の方でしっかり見張る必要が出てきたのである。椅子に座って眠る者や立ったまま眠る者、中には歩いている途中で寝てしまう者もいた。
実験開始後3日目の夜、私は何人かの兵士と直接会って話をした。夜中の2時のことである。彼らは眠気と闘うために、立ったまま体を左右に揺すっていた。私は彼らにいくつかの質問をしたのだが、話すことさえおっくうらしく、返事をする口調はじつに緩慢なものであった。実際、その話しぶりには、疲労の色が濃くにじみ出ていた。それだけではない。彼らのうちの何人かは、自分の妙な行動を自覚していた。つまり、独り言をいったり、物に向かって話しかけたりし始めたというのである(まわりの物が人間に見えたらしい)。この奇矯な行動は、私に面会するしばらく前から始まったという。兵士たちは自分の行動が理解できず、不安な面持ちであった。
中でも一人の兵士は、次のような奇妙な体験を語ってくれた。それは私が彼らを訪れるほんの数分前のできごとであった。彼自身も仲間といっしょに部屋の中を歩きまわったりしていたのだが、突然、目の前に自分の姿が見えたというのである! 彼の表現によれば、自分が2人に分裂し、おたがいに見つめあっているーーそんな感じだったという。
断眠を続けたときに現れる幻覚や錯覚については、すでに多くの研究によって報告されている。こうした知覚異常を「断眠時精神病」と呼ぶ研究者もおり、断眠が続くと、場合によっては重大な精神障害を引き起こす可能性があるという。だが、断眠による知覚異常は、一般に考えられているほど頻繁に生じるものではない。実際には、こうした現象はごく一部の人にのみ現れる。その点は強調しておかねばならない。しかも、夜が明ければ、こうした幻覚症状はすっかり消えてしまう。
兵士を対象とした右の実験でも、朝になれば幻覚症状は嘘のようにおさまってしまう。事実、連続断眠80時間を超え、4日目に入った段階でも、兵士たちは実験一日目ーーつまり7時間睡眠をとった直後ーーと同じ能率で任務をこなした〔従来の実験では、断眠後、作業能率が低下するという結果が出ているが、それは日常の生活や仕事とあまり関係のない、抽象的なテストに対する能率である。ここで紹介した実験のように、被験者にとってやりがいのある状況で、身近で現実的な課題を設定すれば能率はさほど落ちないと考えられる(著者からの私信による)〕。
なお、実験終了直後、兵士たちがとった睡眠時間は、ほんの8〜10時間にすぎなかった。ただし、断眠直後の眠りは、通常の眠りにくらべて「質」が異なるといわれており、実際に多くの研究が報告されている。
具体的には、とくに徐波(周波数の低い脳波)の振幅に違いが見られるという。いずれにせよ、イスラエル軍の実験結果を見るかぎり、80時間にわたる断眠を続けたとき、眠気は増すものの、軍の任務はこなせる状態にあるようだ。しかし、実際に戦争に参加した人間にとって、この程度のことは驚くにはあたらない。戦時下にあっては、何日も眠らずに任務をこなさなければならないことも多い。
実際そうした状況では、まず起きているための目的意識がはっきりしているわけだし、不安やストレスに苛まれながらも体を実際に動かしている以上、眠気を覚えるひまもなかなかないだろう。ただし、運動のためのエネルギーを使い果たしてしまうような厳しい状況下では、人間が連続して起きていられるのは、せいぜい4日程度と思われる。

断眠の世界記録

次に紹介する2つの事例は、連続200時間を超える不眠記録として、睡眠研究者のあいだで今も語り継がれている有名な記録である。
1959年、ピーター・トリップというラジオDJが、200時間の不眠記録に挑戦した。彼の目的は、アメリカの「小児麻揮救済募金運動」の義損金をつのることであった。彼は、ニューヨークのタイムズ・スクエアに設置されたブースに入り、不眠耐久マラソンを開始した。ブースは透明な板で作られていたので、通行人にもトリップの姿がよく見える。ところが、目標連成まぎわになって、とうとう彼の行動にも寝不足の影響が目立つようになってきた。とくに夜になると、幻覚症状をともなう精神病的な傾向が顕著になった。たとえば、食べ物に睡眠薬が入っているなどと言い出して、まわりの人間を疑うような言動を見せるようになったのである。
ウィリアム・デメントは、著書「夜明かしする人、眠る人?睡眠と夢の世界」の中で、このラジオDJの精神状態について触れ、デメント自身も身に覚えがあると告白している。つまり、デメントがナタニエル・クライトマンの研究室で睡眠実験に専念していた頃、ベッドに入って休むひまもないことがあった。そういう日々が続くと、デメントは同僚に対して嫌悪感を感じやすくなったという。しかも、ときには、急に理不尽な猪疑心が湧き起こり、まわりの人間が彼をおとしいれようとしている、といった妄想にとらわれることさえあった。だが、デメントも睡眠研究にたずさわる科学者である。睡眠不足が精神状態に悪影響をおよぼすことは、十分承知していた。そこで彼は自分に言い聞かせた?「こんな妄想にとらわれるなんて、本当にばかげた話だ。要するに、睡眠不足がいけないんだ」。たしかに、これは非常に理性的な考え方ではあった。しかし、それでも湧きあがってくる不安や恐れをおさえることはできなかった。
さて、もう一つの不眠記録を紹介しよう。この記録は、1965年、米国サン・ディエゴの高校生、ランディ・ガードナーによって打ち立てられた。実験は科学的な方法にもとづくものである。当時17歳のランディは、『ギネス・ブック』の不眠記録を更新すぺく、実験に参加した。260時間の壁を乗り越えれば、
世界記録を打ち立てることができる。実験が進むにつれて人々の関心が高まり、科学者も実験の行方に注目し始めた。70時間をすぎたあたりで、デメントをふくむスタンフォード大学の睡眠研究者グループがテレビ局の取材班に加わり、ランディの状態を観察することになった。
予想どおり、夜になるとランディは強烈な睡魔に襲われるようになった。眠気を追い払うために、彼はほとんど超人的な努力を続けた。デメントは、ランディのようすをたえずチェックし、寝ていないかどうかの確認を怠らなかった。デメントがのちに語っているのだが、この実験を通じて非常に印象に残ったのは、真夜中に行なったバスケット・ボールの試合だという。しかも結果的に、この夜はついに実験最後の夜となったのである。その日、ランディとデメントは午前3時にバスケット・ボールの試合をした。しかも、ゲームに勝ったのはランディだったのである。このことからデメントは、ランディの体は正常で、運動機能にもとくに問題は生じていない、と考えた。ランディはついに連続264時間の不眠記録を達成した。その直後の記者会見でも、彼はユーモアたっぷりの口調で記者の質問に応じた。記者会見が終わると、ランディはサン・ディエゴにあるアメリカ海軍の睡眠研究所へ直行し、そこで10時間40分の睡眠をとった。翌日目ざめた彼はすっかり元気を取り戻し、次の夜は8時間眠った。これはランディのふだんの睡眠時間である。結局、長時間の断眠を続けたランディに幻覚症状や知覚異常が見られることはなく、気分の急激な変化といった現象もとくに観察されなかった〔なお、ランディ・ガードナーの断眠実験のデータについては、文献により細部に異同がある〕。
イスラエル軍兵士を被験者として行なった断眠実験、そしてランディ・ガードナーの不眠記録–これらの事例から、とにかく「やる気」さえあれば、人間は長時間にわたって何とか眠らずにいられることがわかる。とくに、まわりから監督され続けるような状況に置かれたり、あるいは何か刺激のある環境に置かれたりしていれば、断眠状態を続けやすくなる。断眠を続けたとき、もっともつらいのは早朝の時間帯だが、その際、睡魔を追い払うには、激しい運動がいちばんよい。したがって、断眠を続ける上で、体の健康は非常に重要な要素である。つまり、体の健康な人ほど、長期の断眠状態に対して耐久力がそなわっているといってよい。

「将校、燈火をもって規とす」

先ほど紹介したイスラエル軍での断眠実験だが、始まったのが日曜日で、終わったのが水曜日の朝である。結局、80時間を超える断眠実験となった。実験に参加した兵士たちは、人間にとって睡眠がさほど重要だとは考えていなかったようだ。つまり、睡眠研究者が訴えるほど夜の眠りが大切だとは思っていなかったよ
うだし、眠らなくても軍の任務に支障はないと考えていたようすだった。実験の結果、作業能率はさほど落ちなかったわけだが、やはり何日も眠らないでいれば、ふだんどおりに任務をこなすためには、かなりの努力が必要になってくる。
軍隊という特殊な世界では、眠らないことが、真剣に任務を遂行していることの証として高く評価されたりする。兵士が睡眠をおろそかに考えたりするのも、その発想の延長線上にある。たとえば、イスラエル軍では、部屋の明かりが夜も消えないことを高く評価する傾向がある。これはすなわち、兵士が眠ってしまっても、上官たちは早朝まで会議を続け、眠い目を見開いて起きているという習慣を理想化する態度である。
また昔から、実際の戦闘地にあって司令官の部屋からもれる明かりは、まさに任務に対する忠誠心の証とみなされてきた。上官の部屋の明かりがついているのを見れば、部下も眠りにつくわけにはいかないという考え方なのである。
ところで、軍で80時間の断眠実験が終わった後のエピソードである。実験を終えて帰宅した私のところへ、友人であるV博士から電話がかかってきた。V博士は当時、イスラエル軍の士官育成コースに訓練生として参加していた。だが、なぜこんなタイミングで彼が電話をかけてきたのか、私には納得がいかなかった。
私はネゲヴ〔イスラエル南部の砂漠地帯〕での断眠実験から帰ったぱかりだったのだ。一週間浴び続けた砂漠の砂は体にこぴりついたままだったし、実験の余韻がまだ冷めやらず、頭の中はその印象で一杯であった。
ところが、電話の向こうのV博士が急ぎの相談だといってもちかけてきたのは、軍隊での睡眠時間の問題だったのである。
初め私は、V博士がどこかで今回の断眠実験のことを聞きおよんだのではないかと考えた。つまり、実験の成果に対して賞賛の意を表するために、V博士はこんなかたちで、ジョークまじりの電話をかけてきたの
ではないのだろうか。ところが、博士の話しぶりは真剣そのものであった。じつは、軍事教練の参加者が慢性的な睡眠不足に苦しんでいるという。どうも、担当教官の方針で、兵士たちは毎晩2〜3時間しか眠らせてもらえないらしい。その結果、教室での授業や運動トレーニング中に居眠りをしたり、場合によっては非常に危険な状態、たとえば車の運転中に眠ってしまったりするのだという。そこで彼らは担当教官に相談をもちかけたのだが、その返事は、「私だって2時間しか寝てないんだよ。私にできるんだから、君たちだってできるはずだ」という、にべもないものであった。
だが、人間が必要とする睡眠時間は、個人個人で異なる。みな同じ睡眠時間ですむと思ったら大きなまちがいである。たとえば、6時間睡眠を必要とする人が、毎日2〜3時間しか眠らない暮らしを続けたら、体の調子が悪くなるのは当然だ。一時間減らして、5時間睡眠にしただけで、やはり問題が出てくるはずだ。
具体的には、まず昼間の眠気が強くなり、居眠りが目立つようになる。実際、何もせずにじっとしているとすぐ眠たくなってしまうし、体を動かしている最中に眠ってしまうことさえまれではない。もちろん、睡魔がほんの数秒で通りすぎてしまうこともある。だが、いくら短時間とはいえ、場合によっては非常に危険な状況を招く。たとえば、運転中の居眠りは命取りである。たとえ2〜3秒の居眠りでも、車はあっけなく進路をはずれ、路肩へ落ちてしまうだろう!
私はV博士に、もう一度教官に相談するように伝えた。つまり、授業の一環として、睡眠をテーマに教室で討論をしてはどうかと勧めたのである。もちろん睡眠研究の専門家に参加してもらった方がよい。私でよければ喜んで参加するとつけ加えた。だが、そうアドヴァイスをしたものの、結局、私の提案が受け入れられたかどうかはわからない。いずれにせよ、その後、V博士からは連絡がなかった。きっと教練参加者の寝不足は解消されたのだろう?私はそう考えている。
結局、慢性的な睡眠不足が人間に与える影響はけっして小さくはない。睡眠が不足すれば、たえず眠気に襲われることになるし、いらいらしたり、気分が沈みやすくなったり、精神状態への影響も無視できなくなる。実際、イスラエル軍の服務規程によると、兵士には一日最低6時間の睡眠を与えなければならない。しかも、夜間任務や夜間演習によって睡眠時間が削られた場合には、不足分を補うような措置が軍の側に求められる。さらに将校や士官には、睡眠不足の危険を十分認識してもらう必要がある。とくに、兵士を直接指揮する下級士官の場合、寝不足に耐えることが軍人の証だなどと考えるようではいけない。寝ないでいたからといって、何も偉いわけではないのである。
睡眠時間を重視すべき仕事は軍務だけではない。運転手、パイロット、医師など、人の命をあずかるような職業につく者の睡眠不足は、近年大きな問題として取り上げられている。事実、慢性的な睡眠不足のまま車を運転していれば、交通事故につながる可能性は大きい。もちろん、ほんの一瞬の居眠りが事故を引き起こすこともあるが、睡眠不足で注意力が低下し、危険をすばやく回避することができなければ、事故発生率も高くなる。したがって、公共輸送機関の運輯手に対して十分な睡眠時間を法的に保証し、また、運転にたずさわる時間についても規制を実施するのは、当然の措置と思われる。
ところが医療の現場では、たとえ睡眠不足であろうとも、寝ないで仕事を続けなければならない事態が当然のように生じる。さまざまな職業の中で、医師だけがこのような勤務体制をとらねぱならないというのは、じつに驚くべき事実である。
たとえば、病院のインターンの場合、夜勤明けだというのに翌日もまる一日働き続けなければならないことがある。たとえ疲れがたまっていても、体むことは許されず、一晩ぐっすり寝た人間と同じ調子で働き続けなければならない。テクニオン睡眠研究所でも、大病院で働くインターンの生活を調査したことがある。
その結果、急患治療室で夜勤をつとめたときのインターンの睡眠時間は、平均2・5時間にすぎなかった。
しかも翌日は、寝不足を引きずったまま8時間の勤務をまっとうしなければならない。場合によっては、8時間を超えて働き続けることもある。インターンは、こうした夜勤日を週に少なくとも2日勤めなけれぱならない。調査の結果、インターンの睡眠時間が絶対的に不足しているのは明白であった。慢性的な睡眠不足が続けば、医者としての仕事に重大な差し障りが生じる可能性は大きい。病院に勤めていれば、夜勤があるのは当然だ。しかし連日睡眠不足のまま働けば、仕事の能率も落ち、ミスも増えるだろう。こうした厳しい勤務体制に対し、最近批判の声が上がっている。この問題については、専門家のみならず、一般人の関心も高い。
事実、ニューヨーク州では医師の勤務体制について法的な規制が実施され、夜間勤務についても上限が定められた。今のところ、このような法律はほかに例を見ない。ニューヨーク州でこうした規制が行なわれるようになったのは、じつはあるT人の人物の力によるところが大きい。その彼は、18歳になる娘を病院で失った。娘の名前はリビー・ザイオンというのだが、深夜に行なわれた治療に不手際があったらしく、彼女は結局死をむかえることとなった。弁護士でもあり、ジャーナリストでもある彼女の父親は、医師の勤務体制の改善を求めて立ちあがり、断固とした調子で世論を相手に論陣を張った。その結果、とうとう法制化にまでこぎつけたのである。そして、1989年7月一日以降、ニューヨーク州では、病院で実習を受けるインターンの労働時間は週80時間を上限とするよう定められた。その後も、インターンの労働時間を短縮するような自主的な動きが各地の病院で見られるようにはなったが、法律による規制が実現したのは、ニューヨーク州のみである。

断眠ラットの死

前世期末から今世紀初頭にかけて、フランスのアンリ・ピエロンらによって、イヌを使った断眠実験が行なわれた。その結果はじつにショッキングなものであった。すなわち、断眠を始めてから7〜10日も経つと、子イヌたちは死んでしまったのである。だが、なぜ死んだのか、その原因は明らかではない。解剖をしてはみたものの、脳組織にも主要器官にも変化は見られなかった。
ところが、人間に対して実験を行なってみると、断眠の悪影響はさほど認められなかった。人間における断眠実験のデータはあまり多くはないのだが、ピエロンのイヌが結局死亡したことにくらべると、人間の体は断眠によって決定的なダメージを受けるわけではないようにも思われる。
では、いったい睡眠は何のためにあるのだろうか?
近年、睡眠の役割について多くのことが解明されるようになってきた。とくに、睡眠研究に長年たずさわってきた、シカゴ大学のアラン・レクトシャッフェンらによる功績は大きい。すでに述べたとおり、シカゴ大学は、アセリンスキーとクライトマンがレム睡眠を発見した場所である。
人間を被験者として断眠実験を行なうときには、注意しなければならない点がある。それは方法論上の問題ともいってよい。すなわち、被験者に特異な行動が観察されたとき、その原因をどう解釈するかという問題だ。つまり、断眠状態そのものが直接の原因なのか、それとも眠気を振り払うために体を動かしているだけなのか、という判断である。なにしろ深夜ともなると、襲ってくる睡魔を追い払うには、体を一生懸命動かすしかない。その結果、観察者としては判断に苦しむケースに直面することもある。
動物の場合、みずから動いて眠気を追い払うということは考えられないので、動物を使った断眠実験においては、何か装置に工夫をして、動物にたえず運動をさせることになる。だがその場合もやはり、動物が断眠そのものから受ける影響と、運動させられることから受ける影響とを区別することがむずかしくなる。しかし、レクトシャッフェンはじつに巧妙な実験装置を考え出した。
まず、前提として、動物が眠っているのか起きているのか、脳波パターンから判断できるようにデータを解析する。そして、コンピューターを用い、その判断を自動的に行なうようなプログラムを組む。次に、浅いトレイを用意し、2〜3センチの深さまで水を入れ、その中に直径46センチの円盤を設置する。この円盤の下側にはモーターがついていて、自動的に回転が制御されるしくみになっている。円盤の上面にはラットを2匹置くのだが、2匹のあいだには「しきり板」を取りつける。ただし、円盤は回転するが、しきり板は固定されている。2匹のラットの脳には電極が取りつけられており、各ラットの脳波はコンピューターに入力される。
さて、同じ円盤上に2匹のラットが乗っているわけだが、じつは、実際に断眠させるのは2匹のうち片方だけで、もう一匹は「比較用」の個体として用いる。そのしくみは次のとおりである。「断眠用」のラットが眠り始めると、その脳波をコンピューターが察知し、円盤に取りつけられたモーターのスイッチが入る。
円盤がゆっくり回転し始めると、断眠ラットは目ざめ、円盤から落ちないよう、回転とは逆方向に歩き始める。円盤が回り始めたのに眠ったままでいると、結局水に落ち、たちまち目ざめることになる。
しきりをはさんで断眠ラットの反対側にいる比較用ラットも、結局同じ状況に直面する。というのも、2匹は同じ円盤に乗っているからである。ただし、断眠ラットが眠らないかぎり、円盤は止まったままなので、その間、比較用ラットは眠ることができる。一方、断眠ラットにはほとんど睡眠が許されない。つまり、2匹のラットはまったく同じ環境に置かれているにもかかわらず、一方のラットは断眠状態にあり、もう一方のラットはふだんどおりの睡眠量を保つことになる(比較用ラットの場合、睡眠時間が若干削られるにしても、断眠ラットにくらべれぱ、その減少率ははるかに小さい)。つまり、この実験をつうじて、断眠の効果だけを取り出して調べることが可能になったのである。
この装置を用いて、レクトシャッフェンは継続的な観察を行なった。その結果、断眠ラットは2〜3週間で死をむかえた。死亡個体を解剖し、脳をふくむ主要器官を調べてみても、死因といえそうな特別な異常は認められなかった。まさに、ピエロンの実験と同様の結果を示している。唯一目立った身体的な変化といえば、体毛の状態、そして体全体の外観だけであった。
私がレクトシャッフェンの研究室を訪れたとき、彼は実験施設を一通り案内してくれた。実験室には、ところ狭しと実験装置が設置され、円盤の上にはラットが2匹ずつ、セットになって置かれていた。その姿を見れば、どちらが断眠ラットで、どちらが比較用ラットなのか、一目でわかる。断眠を続けた個体の体毛は抜け落ちてまばらになっており、たえず毛づくろいをしている割には体が薄汚れて見えた。
レクトシャッフェンらは、ラットの死因を追い続けた。原因不明の死–アガサ・クリスティーの好みそうな題材である。初めに疑われた死因は、「低体温死」であった。というのも、断眠させられたラットには、かならず体温の低下が認められたからである。しかも、ヒーターで暖めてやっても効果はなく、やはり死を避けることはできなかった。暖めても効果がない以上、体温の低下が死を招いたという仮説には納得できない部分がある。あるいは、代謝がさかんになりすぎたために体の組織が破壊され、死にいたったという説や、
全身性の感染によって死亡したという説も検討されたが、結局、ラットの死亡要因をその観点から説明することはできないと考えられるようになった。
結局、断眠ラットの直接の死亡要因はいまだ謎につつまれている。だが、レクトシャッフェンの研究をつうじて、睡眠の役割に関して、新しい知見が得られたといえる。たとえば、ラットから眠りを奪うと餌の摂取量が増えるのだが、にもかかわらず、体重は減っていく。この傾向は、どの断眠ラットにも認められた。要するに、ラットを断眠させると代謝率が上昇する。とにかくエネルギーを過剰に必要としているような状態におちいるのである。事実、死亡直前の断眠ラットは、正常なラットの2〜3倍のエネルギー消費量を示す。いったいなぜ、断眠ラットの体は、これほどのエネルギーを必要とするのだろうか?
その理由は2つ考えられる。一つは、体が失った熱量の補給。そしてもう一つは、脳内の体温調節機構が設定する標準体温値の上昇である。レクトシヤッフェンらは、非常に独創的な方法で、断眠が体温調節機構に与える影響を調べた。彼らはラットを2週間以上断眠させた上で、その個体を次のような装置に入れ、反応を調べたのである。その装置は長さが1メートルあり、容器底面が異なる温度に設定されている。すなわち、容器の端から端までのあいだに、0℃から60℃までの連続した温度域をつくった。この、いわば「熱の通路」の中央にラットを入れ、どの温度域に落ちつくかを記録する。
実験の結果、正常な個体は約30℃の温度域に移動し、そこで眠る姿が観察された。ところが、眠りを奪われたラットは、50℃もの高温域を好んだのである! 正常な個体なら、底面の熱さに跳んで逃げる温度だ。要するに、断眠ラットの体温調節中枢に変化が生じ、その結果、高温を好むようになったと思われる。
彼らはこの点を確認するために、さらに細かい実験を行なっている。たとえば、ラットから逆説睡眠だけを奪った場合には、とくに高温を好むような行動は見られなかった。つまり、中枢が決定する体温設定値そのものは上昇しなかったと考えられる。しかし、熱放散を防ぐためのコントロール機能は変調をきたした。つまり、逆説睡眠を奪った結果、ラットは体温を一定に保つことができなくなり、体から大量の熱量が失われても、適切な対処ができないという状態におちいった。
逆説睡眠については、さらに興味深い事実が報告されている。すなわち、死亡直前のラットを実験装置から取り出して自由に眠らせると、場合によっては、すっかり健康状態にまで回復するという。ただし、断眠直後の逆説睡眠は、強い「はねかえり現象」をともなう。たとえば、断眠後、何の拘束もない状態で自由に眠らせると、その日の逆説睡眠の量は通常の5倍から10倍に跳ね上がる。レクトシャッフェンは、1989年の論文で次のように書いている。「逆説睡眠が大幅に削られたり、逆説睡眠の不足した生活が続いたりすると、その埋め合わせをしようというメカニズムが働く。とくに、逆説睡眠には「はねかえり現象」が強く現れる。つまり、逆説睡眠は、自由に眠らせたときに、もっとも優先される眠りなのである。また、個体の生存が危機に直面した後でも、逆説睡眠に強い「はねかえり現象」が現れる以上の研究成果を通じて、睡眠の役割について、あらたな視野が開けたといえる。少なくともラットの睡眠について、ある程度のことがわかるようになってきた。しかも、ラットについて得られた知見は、他の小型哺乳類にもあてはまる可能性がある。いずれにせよ、個体の体内環境を維持・調節する上で、睡眠は非常に重要な役割を担っていると考えられる。つまり、生物が体内環境を一定の状態に維持するためには複雑なメカニズムが必要なのだが、そのメカニズムが正常に機能するためには、適切な睡眠が不可欠なのである。
電子制御や機械制御による単純なメカニズムでさえ、定期的なメンテナンスを必要とする。そういう意味で、睡眠は体内調節機構に大きく関与していると考えられる。動物から睡眠を奪えば、その個体の体のバランスは崩れ、場合によっては死にいたる場合もある。
以上のようなレクトシャッフェンの実験結果はそのまま人間にもあてはまるのだろうか?今後さらに研究が進めば、この点についても多くの発見があるにちがいない。

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