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睡眠

睡眠と夢.2

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睡眠と夢.2

アルフレッド・モリーと「ギロチンの夢」

モリーの見た夢
眠っている人はいつ夢を見ているのか。この疑問に答えてくれるのが、電気生理学を応用した脳波計などの装置である。つまり、装置が書き出す記録を確認すれば、いつ夢が始まったか、その正確なタイミングを知ることができる。この手法が開発されたことで、夢の研究にもあらたな地平が開けた。
すでに述べたように、かつての科学者は、睡眠中に体内で生じる生理的変化や、体が外部から受けるさまざまな刺激が感覚刺激として脳に伝わり、夢を作り出すと考えていた。こうした仮説は、個人的な体験にもとづくものが多かった。たとえば、眠っているとき、脳は外界からの刺激をシャットアウトしようとする。
だが、近くで物音がすると、その感覚情報がレム睡眠に侵入し、夢として現れるのだというのである。もちろん、夢の素材となる刺激は聴覚刺激にかぎるわけではない。また、感覚刺激が夢の素材となるとき、そのまま夢に現れるのではなく、連想作用が働いて、何かべつの姿を「まとって」登場することが多いという。たとえば、救急車の夢を見たとする。夢の中で救急車がけたたましくサイレンを鳴らしながら走り抜けていく。ところが、目ざめてみると、そばの電話のベルが鳴り響いていた、ということもありうるはずだ。
そこで一部の研究者は、レム睡眠時の被験者に外部から刺激を与え、夢に対する影響を調べてみた。感覚刺激と夢のあいだに何か密接な関係が見つかれば、ふだんの夢の発生プロセスについても、何か重要な情報が得られるかもしれない。
睡眠時に物理的な刺激を受けると、それが夢に現れる?この仮説を積極的に主張したのは、19世紀フランスの学者、アルフレッド・モリーである。大学で医学部に在籍した彼は、結局正式に卒業することはなかったのだが、フランス医学界との結びつきを深め、医学雑誌や科学雑誌へ頻繁に投稿するようになった。
モリーのおもな関心は、夢とその解釈にあった。彼は、夢を生じさせるのは眠っているときに受ける感覚刺激だと考えた。この感覚刺激が脳や神経系に伝わって生理学的な変化を引き起こし、その結果、夢が生じるのだという。モリーの仮説は、脳に対する感覚刺激の影響を重視したという点で、否定しがたい根拠をもっているように見える。彼によれば、「忘れられがちな事実だが、もし肉体がなければ、私たちの精神は理解することも感覚することもできない。それは、体に胃がなければ食物を消化できないのと同じことである。
当時の科学者のならいとして、モリーも自分自身を実験台にして研究を進めた。しかも彼は、自分のことを、「夢の研究者」としては最適の人間だと考えていた。「私ほど短時間に多くの夢を見る人間は珍しい。その上、夢の記憶は目ざめた後も衰えず、ほとんどの夢は数カ月経っても鮮やかに思い出すことができる」。
夢の記憶に関する自分の能力を確信していたモリーは、19世紀中頃、みずから実験台となって夢の研究に没頭した。実証的なアプローチを尊重した彼は、次のような手続きで実験を繰り返した。まず、ベツドに横たわるか、ひじかけ椅子で楽な姿勢をとり、目をつぶる。そばには助手がひかえていて、モリーのようすを見守っている。入眠を確認した後、助手はモリーを起こして睡眠を中断する。起こされたモリーは、眠りの中で心に浮かんだことをすぐ報告する。場合によっては、眠っている最中に物理的な刺激
を与え、夢の内容への影響の有無を調べた。たとえば、声をかけてみたり、鳥の羽でくすぐってみたり、ロウソクの炎を足に近づけてみたりした。その結果、場合によっては、与えた刺激が姿を変えて夢の中に現れることもあった。たとえば、ロウソクの炎を足に近づけたとき、モリーは強盗の夢を見た。強盗たちは、所持金のありかを吐かせようとして、モリーを拷問にかけたという。また、鼻のそばに香水を垂らされたときには、エジプトのカイロで香辛料の店を訪れている夢を見た。しかも、色彩は明確で、匂いもはっきりしていたという。ある種の刺激を受けたときには、見知らぬ国で冒険をする夢が現れたりもしたそうだが、これに関してはモリーも明確には思い出せない、と報告している(言葉にするには、あまりに不まじめな夢だったという可能性もある)。
現在の知識から判断すると、モリーが報告したのはレム睡眠時の夢ではなく、夢に似た「入眠時幻覚」である。つまりモリーは、「眠っている人間に感覚刺激を与えると、入眠時幻覚に顕著な影響が現れる」ことを実験によって示したのだといってよい。たしかに、入眠時幻覚と普通の夢をくらべると、入眠時幻覚の方がずっと感覚刺激の影響を受けやすい。
モリーは、1861年に上梓した「睡眠と夢」の中で、自分の研究を次のようにまとめている。つまり夢は、睡眠中に受けた感覚刺激、および過去に蓄積した感覚的な体験が作り出す2次産物だというのである。
また彼は、夢に意味を付与しようという態度を否定した。彼の考えによれば、夢が結果として「心理学的」な解釈を身にまとうのは、睡眠中に体外から受けた刺激や体内で生じた変化が、感覚刺激として脳に届き、そこで加工され、「連想」によって再構成された結果であるという。つまり、脳に届いた感覚刺激は、幼少期の記憶など、個人的な記憶と結びつき、連想作用を通じて、夢のストーリーを紡ぎあげるのだという。
だが、モリーの名が後世に残ることとなったのは、以上のような仮説よりも、彼の「ギロチンの夢」のためである。「ギロチンの夢」は、何十年ものあいだ、夢の発生プロセスを議論する際、いつも引き合いに出されてきた。モリーがこの夢を見ることがなければ、その名はすっかり忘れ去られていたにちがいない。
モリーがいつギロチンの夢を見たか、その正確な記録は残されていない。モリーによれば、ギロチンの夢を見たとき、彼は病床にあったという。そぱには、彼の母親が看病についていた。夢の舞台はフランス革命期、恐怖政治の時代であった。この激動の時代のシンボルといえば「ギロチン」である。夢の中でモリーは数えきれないほどのギロチン刑を目のあたりにする。そして彼自身もとうとう裁判にかけられ、ロベスピエールとマラーから反逆罪による死刑を申し渡される。ギロチンの置かれた高台に連行されたモリーは、他の死刑囚とともに刑の執行を目前にする。モリーの首が首穴に置かれる。ギロチンの刃が落ちてきて、彼の首を直撃する……。恐怖に襲われて目ざめた彼は、突如として夢の原因を悟った。じつはベッドを覆う天蓋がはずれ、落下した棒が彼の首を打ったのだ。この棒は、まさにギロチンの刃があたるべき個所に落ちてきた。
モリーは物理的な刺激が夢をもたらすのだと考えていたから、「ギロチンの夢」も、ほんの一瞬の間に作り上げられたのだと推論した。つまり、この恐ろしい夢は、天蓋の棒がモリーの首を打ってから目ざめるまで、まさに瞬間的に構成されたのだというのである。
たしかに、天蓋が落ちてきたことで、モリーの夢が何らかの影響を受けたことは否定できない事実だろう。
しかし、「ギロチンの夢」が、すべて一瞬の物理ショックによって作り出されたとは考えられない。おそらく、天蓋が落ちるというアクシデントさえなければ、彼の夢は、まったく違う結末を迎えていたのではないか。夢にフランス革命期の著名人が現れたのも、判決が死刑と決まっている裁判にかけられたのも、すべて
モリーの幼少期の記憶にもとづくものではないだろうか。つまり、革命期に活躍した歴史的人物へのあこがれが、この夢の発端となったのではなかろうか。事実、モリーの「睡眠と夢」をひもとくと、フランス革命にまつわる夢が散見される(ただし、「ギロチンの夢」にくらべれぱ、はるかに精彩を欠く夢が多い)。
フロイトも「夢解釈」の中で、モリーのギロチンの夢に言及している。そこで紹介されている解釈は、まさにフロイト流のものだ。つまり、モリーにとってギロチンの夢は、人生の不満?政治家として成功できなかったという不満?を解消するための代償行為であった。すなわち、「できることならば歴史的英雄と
して死にたい」という隠れた欲望がギロチンの夢として現れたのではないか、とフロイトは考えたのである。

外界刺激と夢の関係

レム睡眠の発見にともない、夢研究の分野にはあらたな視野が開けた。被験者がいつ夢を見ているのか、そのタイミングを客観的に把握することが可能になった。したがって、被験者が夢を見ているときに、そのタイミングを逃すことなく刺激を与えることができるようになった。つまり、モリーが行なった実験をもっと綿密なかたちで追試することが可能になったのである。
さまざまな研究者が、それぞれ独自の方法で、夢に対する物理的刺激の影響を調査した。たとえば、眠っている被験者の足に冷たい水をたらしてみたり、ベツドのそぱで大きな音をたてたり、楽器を鳴らしてみたり、あるいは被験者の名前を呼んでみたりした。中には、被験者のまぷたをテープでとめ、目をつぶることができない状態にしておいて目に閃光を当て、レム睡眠への影響を調べた研究者もいた。実験の結果、外界刺激が夢の内容に与える影響は、せいぜい部分的、痕跡的なものでしかないことが明らかとなった。外部から与えた物理的刺激が夢の中心的な素材として現れた例はまったく報告されなかったし、中心的な素材となるどころか、まったく夢に影響を与えなかったケースもけっして少なくはなかった。
夢を見ているときの被験者に感覚刺激を与えても、その影響はほとんど認められない。これは、研究者にとっていささかがっかりせざるをえない結論だが、その事実にもとづき、アラン・レクトシャッフェン(彼は、今日のすぐれた睡眠研究者の1人である)は、夢の発生プロセスを「指向性の狭い硬直化したプロセス」と形容している。
また、外界から与えられる刺激だけではなく、身体内部の状態変化が脳に刺激を与え、その結果、夢の内容に大きな変化が生じるのではないかと考える人々もいたが、この仮説はすでに実験によって否定されている。チューリッヒ大学からテクニオン睡眠研究所へ留学し、私の研究室で博士号のための研究を行なったミーヒャ・グロスは、この問題について綿密な実験を行なった。彼は「睡眠時無呼吸症」に苦しむ人たちの夢を分析したのである。睡眠時無呼吸症とは、睡眠中に何度も呼吸が停止する睡眠障害である。無呼吸状態の継続時間は一回につき20〜40秒にもおよぴ、その状態が一晩のうちに何百回となく訪れる。無呼吸状態が体に強いストレスを与えるのはまちがいのない事実だし、その悪影響はたちまち中枢へ伝わるはずだ。すなわち、呼吸が止まると血中の酸素濃度が低下し、心拍数と血圧に劇的な変化が生じる。この急激な身体変化を察知した中枢は睡眠を中断するように働くため、睡眠中の窒息死は免れる。
睡眠時無呼吸症の患者の眠りを調べると、どの睡眠段階にも無呼吸状態が観察される。もちろん、レム睡眠時にも無呼吸は生じる。そこで私たちは、睡眠時無呼吸症の患者の夢を分析することにした。睡眠中に呼吸が停止するわけだから、患者は窒息や呼吸困難にまつわる夢を見るのではないか、無呼吸にともなう不安や恐れが夢の中に現れるのではないか、と私たちは考えたのである。
ところが、睡眠時無呼吸症患者から何百もの夢を記録したまではよかったのだが、驚くべきことに、呼吸や窒息に間する夢は1つとして報告されなかった。呼吸や窒息を暗示するような夢も発見できなかった。夢の中に不安が表だって現れることもなかった。まさに、レクトシャッフェンのいうとおり、夢の発生メカニズムはアンテナの指向性が狭いのである。つまり、夢を発生させるメカニズムは、感覚器から伝わってくる刺激を処理する回路とはまったく別系統だといってよい。

記憶に残る夢、忘れ去られる夢

私たちは、レム睡眠の途中で起こされた場合、およそ80パーセントの割合で夢の内容を思い出す?これは実験によって確かめられた数字である。しかし、ふだんの夢の記憶力には個人差がある。たとえば、毎朝、夢の内容をかならず憶えている人がいる。逆に、まったく夢を見ないと主張する人もいる。だが、それは本当に夢を見なかったのではなく、単に記憶に残らなかっただけのことである。
いったいなぜ夢の記憶力には個人差が生じるのだろうか? まず考えられるのは、すでに説明したとおり、どの睡眠段階で目ざめるかという問題がある。たとえば、レム睡眠時に目ざめれぱ、それ以外の睡眠段階で目ざめる場合にくらべ、夢の想起率ははるかに高い。しかし、眠りの深さも重要である。つまり、ふだんから眠りの深い人は、眠りの浅い人にくらべ、夢を憶えている確率が低い。この点に関して、私たちは興味深い事実を発見した。前述したとおり、私たちは睡眠時無呼吸症患者の夢を分析したわけだが、この睡眠障害は治療によって症状を軽減させることができる。治療前は、一晩に何度も呼吸が止まり、当然眠りは浅くならざるをえず、刺激に対して簡単に目が覚めてしまう。その結果、夢の想起率も高くなる。ところが、治療にさえ成功すれば、睡眠時のストレスが緩和され、安定した深い眠りが肪れる。その結果、夢が記憶に残る頻度も減ってしまうのである。
だが、夢を憶えているかどうかという問題は、目ざめるタイミングや眠りの深さだけで決まるわけではない。夢を忘れずに憶えておこうという、積極的な態度と意志さえあれば、夢の想起率を高めることができる。
たとえば、心理療法の一つに、患者自身が自分の夢を分析するというアプローチがある。このセラピーを受け始めると、患者の夢の想起率は、ふだんよりも格段に高くなることが知られている。また、被験者として睡眠実験に参加するとわかるのだが、自分の夢を報告しなければならないという立場に置かれれば、いつも
より夢が記憶に残りやすくなる。したがって、「見た夢を忘れないようにしたいんです」という人々に対して私にできるアドヴァイスといえば、夢を逃さないよう、寝る前に心の準備をととのえておきなさい、といった程度のことしかない。また、ベッドの脇のテープルには鉛筆とメモを備えておいて、朝目ざめたら夢の記憶が薄れないうちに内容を書きとめるというのもよい方法である。
夢が記憶に残るかどうかという問題は、夢の内容ともかかわってくる。たとえば、ストーリーの複雑な夢、非日常的な夢、風変わりな夢などは記憶に残りやすいし、私たちの好奇心を刺激するような夢、感情に訴えるような夢は、起きた後でも思い出しやすいものだ。ところが、断片的な夢、平凡でありふれた夢、感情をともなわない夢は、たちまち忘れ去られてしまう。
要するに、努力しだいで夢を憶えていることができる、というわけだが、逆に、積極的に「夢を忘れ去る」ことも不可能ではない。たとえば、「自己暗示」によって不快な夢や恐ろしい悪夢を記憶から消し去ることができる。とくに、心的外傷を受けた人々の場合、夢の「消去作用」が、みごとなかたちで現れることもある。つまり、レム睡眠時に人為的に睡眠を中断させても、夢の記憶がまったく本人の意識にのぼってこないということさえ起こりうるのだ。

心の傷が呼び覚ます悪夢

人は、非常に大きな苦悩をともなうできごとや経験に遭遇すると、精神的なショックから一連の症状を示すことがある。これを「心的外傷後ストレス症候群」と呼ぶ。その一症状として、強迫性の悪夢があげられる。つまり、夢の中で、ショックを受けたときの記憶が、多くは恐怖の感情をともなって、繰り返し現れるのである。とくに、戦争体験が原因となり、長期にわたって心的ストレスをこうむり、悪夢を見続ける人は多い。たとえば、第2次大戦中、ホロコースト〔ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺〕による死を目前にしながら何とか生き延びた人々に、こうした症状が見られる。
私の記憶に強い印象を残した一症例を紹介しよう。患者は、当時55歳、ホロコーストを生き延びた男性であった。彼はオランダからイスラエルまでやってきて、テクニオン睡眠研究所で診察を受けた。私たちは彼の睡眠障害の原因を探るために、数日間にわたって検査を続けた。ある日のこと、レム睡眠時の夢を記録すべく、実験担当者は眠っている彼を起こした。ところが、目ざめた彼は、息を詰まらせつつ、しかも涙ながらに、見ていた夢を細部まで明確に語ってくれた。
その夢は、彼が6歳のときに体験した次のような事実にもとづいている。ナチスによる迫害から逃れるため、彼の両親は一つの決断を下した。近くに住むキリスト教徒の家族に、まだ小さい彼をゆだねることにしたのだ。その家族はまもなく遠い土地へ移り住む予定であった。その土地なら彼がユダヤ人であることを知る人間はいないはずだった。ところが、数週間後、新しい土地で暮らし始めた少年の目に、見知った人間の姿が飛びこんできた。それは、かつて近所に住んでいた男で、少年がユダヤ人であることを知っているはずの人物だったのである。通りを歩いていた少年は一瞬82ックに凍りつきそうになったが、急いで近くの森へ逃げこんだ。彼は森の中で数日間を過ごした。しかし、姿を見られてしまった以上、すでにナチスヘ通報されているのはまちがいない。自分を知っている人間に突然出会ったときの恐怖、こちらへ向けられた、あの男のあの眼差し?この強烈な印象は、以来40年間、毎晩のように夢に現れ続けた。そして、夢はいつも同じ場面で結末を迎える。すなわち、少年の彼をゲシュタポに引き渡すべく、男に腕をつかまれるところで終わるのである。
夢を語る彼のようすを、言葉でどう表せばよいのか私にはわからない。とにかく、彼の口調は、恐怖と不安に押しつぷされそうであった。夢を語り終えた彼は、起こしてくれた実験担当者に向かって感謝するようにつぷやいた?「ちょうど捕まるところだったんです」。
戦争直後、ホロコーストを生き延びた人々から、似たような悪夢が多数報告された。ところが中には、戦争から時が経つにつれ、悪夢を見る頻度が減っていったケースもある。
ホロコーストによる虐殺は免れたが、睡眠障害に悩まされ続けている?こうした人々を対象に、テクニオン睡眠研究所は、かねてより調査を繰り返してきた。調査の対象となった人々は、すでにかなりの数にのぼる。ただし、彼らの夢についてくわしい調査を行なうようになったのは、ごく近年のことだ。なにしろ、ナチズムの時代を生き延びた人々から個人的な体験や記憶を聞き出すのは容易なことではない。もちろん、ホロコーストから生還した人々が、自分の体験について話したがらないのは当然のことである。実際、家族にさえ、何も語ろうとしない人は多い。
こうした困難な作業の中で、適切なアプローチをとることのできる人間もいる。ごく最近私の研究室で研究を行なったハナ・カミネルは、まさに適任者であった。彼女は臨床心理学を専攻しており、博士論文のために、ホロコースト生存者に対して数々の調査を行なった。彼女は調査対象者とのあいだに個人的な関係を築き上げた。そのデリケートなアプローチのおかげで、調査される側も心を開き、実験が可能になったのである。中には、戦争後、強制収容所での体験を人に話したことは一度もない、と告白する人もいた。彼女は被験者に実験室で何泊かしてもらい、彼らの夢を記録した。
調査は3つのグループに対して行なわれた。いずれもイスラエル在住の人々である。まず、第一と第2のグループはいずれもホロコーストからの生還者なのだが、戦後の生活に適応することができた「適応者グループ」と、新しい生活に適応していない「不適応者グループ」に分けた。適応していないというのは、たとえば、家族生活や社会生活、仕事や健康などに関して大きな悩みを抱えているということである。そして、3番目のグループは、ホロコースト生還者と年齢的には同世代だが、戦前のパレスチナに生まれ、この地で育ったイスラエル人である。このグループには、とくに心的外傷を受けたことのない人々を選んだ。各被験者は実験室に5泊する。実験担当者は、睡眠中の被験者を起こして夢を記録する。私たちは、グループごとに特徴ある夢が報告されるのではないかと予想していた。ところが、結果は驚くべきものであった。ホロコースト生還者のうち、イろフエルでの新生活に適応したグループでは、夢の想起率はわずか33パーセントにすぎなかったのである。一方、不適応グループでは約55パーセント、パレスチナ生まれのグループは、予想にたがわず、78パーセントの頻度で夢が報告された。33パーセントという数字は、夢の想起率としてはあまりに低い。しかも、被験者をレム睡眠中に起こしたとき、パレスチナ生まれのグループは、夢の内容は記憶していなくても何か夢を見たこと自体は憶えていることが多かったのに対し、適応者グルー
プの場合、夢を見たこと自体、激しく否定するようすが観察された。レム睡眠時の覚醒実験だというのに、夢の想起率がこれほど低い数字を示したことは初めてである。そういう意味で、この実験は大変興味深いデータをもたらしたといえる。
この実験で注意すべきことは、適応者グループの夢の想起率の低さだけではない。適応者グループとパレスチナ生まれのグループをくらべたとき、眠りの質や各睡眠段階の展開のしかたに違いがまったく見られなかった点も注目に値する。一晩の眠りに含まれるレム睡眠の総時間数も、両グループに差はなかった。とこ
ろが、不適応者グループの眠りは、けっして健康な眠りとはいえない状態にあった。すなわち、寝つきが悪く、しかも夜中に頻繁に目ざめるようすが観察されたのである。
私たちはさらに夢の内容を分析することで、3つのグループ間に存在する基本的な違いを明らかにした。
まず、適応者グループの夢は、断片的で、ありふれた日常のできごとを素材にしており、感情がともなうことも少ない。被験者自身、ほとんど夢には関心をそそられないようすであった。一方、不適応者グループが報告した夢は、その半数が不安を反映したもので、中にはまさに「悪夢」としかいいようのない夢もあった
し、ホロコーストに直接関連する夢も報告された。たとえば、アウシュヴィッツから生還した被験者は、レム睡眠から起こされて、次のような夢を語った「私はアウシュヴィッツ駅のホームにいました。そこにメングレ〔ナチスの将校〕が突然現れて、あたりの人間を2つのグループに分け始めました。一方の人々を火葬場のある左方向へ、もう一方の人間を強制労働収容所のある右方向へ送り出そうとするのです。私はいったいどちらへ進めばよいものかわからず、とうとう2つのグループのあいだに開いた道を走り出してしまったのです。すると、ゲシュタポが連れていた犬が突然私に襲いかかってきました。犬に噛みつかれる?
ちょうどそのとき、あなたに起こされて、夢から覚めました」。?この夢には、被験者のアウシュヴィッツでの体験が、ほとんどそのまま再現されている。
結論としていえば、適応者グループが夢を「消去」してしまうのは、過去の精神的なショック体験が表面化するのを避け、安定した眠りを得るためであると考えられる。ということは、適応者グループは、覚醒時と同じ態度を睡眠時も貫いているということになる。すなわち、ホロコーストに関する話題はすべてタブーとし、絶対に触れないようにするという態度である。実際、適応者だけではなく、多くの生還者がホロコーストについて口をつぐもうとする。だが、この態度を貫くのは簡単ではない。ホロコーストの体験について誰とも語らず、家族とのあいだでも話題にすることを避けるーーこの消極的な態度を恥ずべきものと思っているのは、じつは本人たちなのである。そういう意味で、彼らも罪の意識をいだいているのだ。戦時体験について口をつぐむ?その態度をめぐって、家族のあいだで深刻な意見の対立を見ることも多い。とくに若い世代は、黙して語らないという消極的な態度を批判しようとする。
私たちが研究結果を発表すると、ホロコースト生還者から反応が返ってきた。彼らから届いた手紙を読むと、私たちの研究はホロコースト生還者にとって一種の救いになったようだ。つまり、強制収容所での体験について口をつぐみ続けるという精神的な重圧から、たとえわずかであれ、解放されたというのである。
要するに、私たちの研究が明るみに出した心理的なメカニズム、すなわち「一部のホロコースト生還者は強制収容所の恐怖について語ることを意識的に避け、夢に現れるはずの過去の恐ろしい体験を意識下で「消去」している。その結果彼らは、戦後社会にうまく適応することができた」という心的過程について私たちが明確に語ったからこそ、彼らは不安をぬぐわれた思いをしたようだ。私たちとしても、研究の苦労が報われた気持ちでうれしかった。ただし、ホロコースト生還者の中には、過去の忌まわしい記憶を「消去」することができない人々もいる。そうした人々は、戦後の新しい生活に適応できないまま、苦悩の日々を送らねばならない。
しかし、夢を積極的に「消去」することによって日常生活と折り合いをつけることが可能になるという考え方は、従来の精神分析医や心理学者にはまったく受け入れられることがなかった。従来の夢理論によれば、心的外傷後の患者を治療する際、夢をなるべく発掘して顕在化させ、その夢を分析することが非常に重要な手続きとなる。その大前提に対し、私たちはまったく相容れない結論を提出したのだ。忌まわしい過去の記憶は何らかのかたちで消去し、不快な夢は抑圧する。私たちは、この消去・抑圧作用によって日常生活への適応が可能になる以上、その心的過程を積極的に評価するべきではないかと考えている。
臨床心理学を専攻するヤロン・ダガンは、私の研究室で、同じく心的外傷後ストレス症患者の夢を調査した。調査の対象となったのは、1982年にレパノンで起こった戦争〔イスラエルがレバノンに侵攻した戦争〕に参加し、心的外傷を受けた人々である。彼は、比較研究のために、精神的に健康な状態にある同年代の被験者も募集して実験にとりかかった。その結果、健康な被験者はほとんど夢を思い出すことができたのに対し、心的外傷を受けた人々の場合、夢の想起率はその約2分の一のレヴェルにとどまった。また同時に、夢の想起率は眠りの深さに影響されることが知られている。そこで私たちは、眠りの深さと夢の想起率の関連についても調べてみた。その結果、戦争によって精神的なショックを受けたグループの方が、健康な被験者よりも深く眠っていることが明らかとなった。おそらく、深く眠ることによって、夢の想起率を低くおさえているのだと考えられる。
この実験の最中に、私たちは、アメリカでも同様の研究がすでに行なわれていたことを知った。それはミルトン・クレイマーによる研究報告である。クレイマーはアメリカの睡眠研究者で、心的外傷を受けた人々の夢について数々の研究を行なっており、ヴェトナム戦争によって心に傷を負った兵士についての研究も進めていた。彼の報告によると、戦争で心的外傷を受けた兵士には、やはり「深い眠り」が多く観察されたという。
だが、以上述べたような発見も、学界にすぐ受け入れられたわけではない。というのも、心的外傷後に起こる睡眠障害について当時知られていた仮説と、私たちやクレイマーが発見した事実は、まったく相容れなかったからである。

夢内容と目の動き

寝ている人が夢を見ているかどうか、客観的に判断する手がかりはいくつかある。中でも眼球運動は大きな手がかりとなる。実際、数多くの研究者が睡眠中の目の動きに興味をもち、研究を続けてきた。いったい、夢を見ているときの目は、起きているときの目と同じ働きをしているのだろうか? たとえば、夢の中の視点の移動がそのまま眼球運動となって現れているのだろうか? それとも夢の内容と目の動きはまったく関係がないのだろうか?
まず、いちばん単純でわかりやすい仮説から検討しよう。すなわち、眠っているときの目の動きは夢の内容を反映しているという仮説である。まず、眼球運動を記録するには、目の上下左右に電極を貼りつける。これで垂直方向・水平方向の目の動きを知ることができる。後は眼球運動の計測データと夢の内容を照らし合わせればよい。こうした実験はさまざまな研究者によって行なわれ、中には仮説を支持するような結果も得られている。たとえば、場面展開が豊かで活動的な内容の夢を見たとき、目もダイナミックな動きを見せることが報告されている。逆に、夢の内容があまり活動的ではない場合、目の動きも少ないという。また、夢の中での視点の移動がそのまま眼球運動として現れるケースも報告されている。レム睡眠時の眼球運動と夢内容の関係について、今のところいちぱん説得力のある報告例は、ウィリアム・デメントがスタンフォード大学の睡眠研究室で記録した「卓球の夢」である。彼はこの夢を、著書「夜明かしする人、眠る人?睡眠と夢の世界」〔邦訳は大熊輝雄による〕の中で紹介している。つまり、デメントが睡眠中の被験者を観察していたときのこと、被験者の目が連続して左右に26回往復したという。そこでデメントは被験者を起こし、夢の内容について質問した。その答えによると、どうやら彼は夢の中で卓球の試合を観戦していたらしい。そして、ちょうどデメントに起こされたとき、被験者はボールが左右に往復するのを、数秒間目で追っていたところであった。
これとよく似た夢がテクニオン睡眠研究所でも記録されている。ある日のこと、「卓球の夢」にそっくりの眼球運動が記録計に現れた。私たちは、夢を記録するための実験を行なっていたわけではなかったのだが、誘惑には勝てず、被験者を起こして、夢の内容についてたずねてみた。すると彼は奇妙な内容の夢を語り出した。夢の中の彼はギタリストであり、イスラエルの有名なポップス・グループとともにステージに立っている。コンサートは開演間近である……。
さらにこの被験者は、夢の中で見たコンサート・ホールの状態やステージ上のメンバーのようすについて、私たちにくわしく説明してくれた。彼が語る夢の話を聞いていた私は、一瞬、仮説を否定しかけた。「もしかすると、眼球運動と夢内容のあいだには、初めから何の関係もないのではないか?」。ところが、被験者は次のように続けた?「ちょうど夢から起こされる直前のことです。何かステージの上では問題が生じたようでした。理由はわからないのですが、誰も演奏を始めようとしないのです。私は舞台上に立ちつくしたまま、演奏開始の合図がないかと、他のメンバーに目をやりました。ステージに立つメンバーを、きょろきょろと左右に眺めわたしたのです。しかし、結局合図はありませんでした」。この被験者の覚醒直前に記録された眼球運動は、まさに、演奏開始の合図を求めてさまよう目の動きに符合していた。以上に紹介した2つの夢の場合、目は左右に往復し、その運動には一種の規則性が認められる。しかし、これはむしろ例外的なケースで、レム睡眠時の眼球が規則的な運動を繰り返すことはあまりない。これは、起きているときでも同じことである。つまり、何か一定の運動を見つめているとき?たとえば、テニスや卓球の試合を観戦しているとき?を除けば、目が規則的な運動を繰り返すことはまれであろう。そういう意味で、睡眠時の眼球運動に規則性が認められないのも、さほど驚くべきことではない。
さて、夢の内容と眼球運動の関連を考える上で、もう一つ重要な報告がある。それは、視力を失った人々の夢を研究した結果、発見された事実である。生まれたときからずっと目が見えない人や幼少期に失明した人は、夢を「見る」といっても、視覚的なイメージや視覚的な場面とは無縁である。彼らが見る夢は、聴覚・触覚・感情などに「彩られて」おり、具体的な視覚的イメージをともなわない。実験室で調べてみても、彼らが夢を見ているとき、眼球運動がともなわないことが判明した。テクニオン睡眠研究所でも、目の見えない人々に対して睡眠実験を行なった。その結果、レム睡眠時の眼球運動と、失明してからの年数のあいだに関連があることが明らかになった。つまり、失明してからの年月が長いほど、眼球運動が少ない傾向にあったのである。
ところで、夢を見ているときの目の動きについては、2種類のパターンが知られている。一つは、単発的に発生する独立した運動と、多方向の運動が連続して一度に現れる複合的な運動である。しかし、目の見えない人の場合、夢を見ているときに単発的な眼球運動が発生することは報告されているが、複合的な眼球運動は観察されない。したがって、これら2種類の目の動きは、それぞれ異なる意味をもつのではないかと思われる。ただし、複合的な眼球運動は夢の中の視覚的イメージと関係すると考えられているのだが、単発的に発生する眼球運動については、いまだその意味が明らかにされていない。
一説によると、単発的に発生する眼球運動は、夢を作り出すプロセスの一工程、すなわち脳内に記憶されたデータを検索する作業と関係しているのではないかという。眼球運動が過去の記憶を再現するプロセスと何らかのかかわりをもっていることは、次のような簡単な実験で確かめることができる。たとえば、「5ドル紙幣に描かれている人物は誰ですか」と人にたずねると、相手の目は特徴的な動きを見せる。つまり、人は何か視覚的なイメージをともなう記憶を引き出そうとするとき、さまようような目の動きを見せるのである。そのようすは、どこか遠い場所に隠された答えを探し出そうとしているようにも見える。この事実から考えても、夢を見ているときの眼球運動は、記憶されたデータをスキャンしたり、データを夢として組み立てたりする作業と何らかのかかわりをもつのではないかと思われる。眼球運動の役割について、人類学的な観点から調査を行なった大胆な研究者もいる。すでに紹介したミシェル・ジュヴェとベルギーの神経学者オルガ・ペートル・クワデンスである。彼らはそれぞれ、セネガルとインドネシアに住む伝統的な民族社会を対象に研究を行なった。いずれの民族も、はるか昔から安定不変の伝統的な生活を続けている。これらの研究を通じて、レム睡眠時の眼球運動と夢の情報処理プロセスのあいだに関連のあることが示唆された。
彼らの研究によると、伝統的な社会に暮らす人々と西洋人を比較した場合、眠りの展開そのものには、ほとんど差がなかったという。唯一異なっていた点は、レム睡眠時の眼球運動である。すなわち、セネガルとインドネシアの現地民族では、レム睡眠時の眼球運動量が相対的に少なかった。この事実から、ジュヴェとクワデンスの2人は、同じ結論に到達した。すなわち、私たちは夢を見るとき、日中受け取ったさまざまなデータをスキャンし、そこから夢の素材を見つけ出す。このとき眼球運動は、その役割が一通りではないにせよ、夢を組み立てるためのデータ処理プロセスとかかわっているのではないかというのである。つまり、西洋社会にくらべ、伝統的な民族社会は相対的にいって情報や刺激が少ない。つまり彼らは、西洋人が体験するような膨大な情報の波とは無縁の生活を送っている。その結果、睡眠時の情報処理に費やす時間が短く、眼球運動そのものも相対的に少ないのではないかと考えられる。
情報処理という点に間しては、動物でも同様の観察結果が報告されている。すなわち、動物が「夢」を見ているとき、つまり生理学上「夢を見ている」と認めうる状態にあるとき、やはり脳内では記憶データの整理統合が行なわれ、情報が処理されているのではないかと考えられている。

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