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睡眠

睡眠不足の恐ろしいリスク

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睡眠不足の恐ろしいリスク

日本の大学生が世界一であるもの
次のA、B二つのランキングをご覧ください。
A 男女とも1位日本、2位台湾、3位韓国。
B 男性‥1位日本、2位韓国、3位タイ。女性‥1位日本、2位韓国、3位台湾。
このようにランキングトップはいずれも日本、そして上位はいずれもアジアの国々ですが、この調査に参加したのはアジアの国々だけではありません。イギリス、フランス、アメリカといった欧米各国を含めた世界24ヵ国、1万7000人余りの大学生を対象に、1999年から2001年にかけて、ロンドン大学の研究者によって行われた調査結果に基づいたものです。参加した大学生は、医学や健康科学を専攻していない学生です。さて、いったい何のランキングだと思いますか?
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じつは、Aが睡眠時間の短さのランキングで、Bは自覚的不健康度のランキングです。つ
まりこの調査では、世界の大学生の睡眠時間と自覚的不健康度を調べ、その両者の関係も調べたのです。では結果を詳しく見てみましょう。まず睡眠時間ですが、全参加者の睡眠時間の平均は男
性で7・45時間、女性で7・49時間でした。
睡眠時間が短いトップ5は男性で日本6・20時間、台湾6・61時間、韓国6・80時
間、タイ6・95時間、コロンビア7・14時間、女性で日本6・09時間、台湾6・51
時間、韓国6・86時間、タイとアメリカ7・08時間とアジア諸国が多くを占めていまし
た。また、第1位である日本の睡眠時間は、男女とも2位よりもO・4時間以上短くなって
います。第2位と第5位との差は男性でO・53時間、女性でO・57時間しかなく、日本
は男女とも、睡眠時間の短さにかけては、断トツの1位といえるでしょう。
一方、睡眠時間が長いほうのトップ5は、男性でルーマニア8・04時間、スペイン8・
02時間、ギリシャ7・86時間、ブルガリア7・81時間、オランダ7・79時間、女性
でブルガリア8・00時間、オランダ7・92時間、ベルギー7・90時間、ギリシャ7・
87時間、ポルトガル7・84時間とヨーロッパ各国で占められていました。睡眠時間の長
さが世界一であるルーマニアの男子大学生と、短さが世界一である日本の女子大学生とでは
睡眠時間は約2時間も違っています。
みなさんはどのような感想をお持ちになりましたか? やっぱり日本人は勤勉だ。ヨーロ
ッパの人はよく寝るなあ。アジアはヨーロッパよりも赤道に近いから暑くて眠れないのだろう。アジアとヨーロッパでは睡眠に対する考え方が違うのか? 推測はいろいろと可能です
が、このような地域差がどうして出たのかについては、調査報告書では触れていません。
次に自覚的不健康度ですが、自分で自分のことを健康ではない、不健康と感じている大学
生の割合の平均は男性10 .1%、女性で13・6%でした。この項目のトップ5は、男性で
日本38・4%、韓国35・6%、タイ25・2%、台湾18・5%、南アフリカ14・2%、女性で
日本45・7%、韓国42・7%、台湾31・O%、ルーマニア27・9%、タイ23・3%です。
さらに、睡眠時間と自覚的不健康度との関連を調べたところ、睡眠時間が7〜8時間の大
学生に比べ、睡眠時間が6〜7時間の大学生は1・56倍、睡眠時間が6時間未満の大学生
は1・99倍も自らを不健康と感じている割合が高くなっていることがわかりました。
睡眠時間が少なく自覚的不健康度が高いのは男女とも日本、韓国、台湾に集中していたの
で、この極端な3カ国を除いて調ぺたのですが、それでも、睡眠時間が7〜8時間の大学生
に比べ、睡眠時間が6〜7時間の大学生は1・33倍、睡眠時間が6時間未満の大学生は1
・62倍も自分自身を不健康と感じている割合が高くなっていることがわかりました。
なお、睡眠時間と自覚的不健康度との関連について調べたときには、性別、年齢、喫煙習
慣、運動量、アルコール摂取、両親の教育水準、BMI(body mass index体格指数のこ
と。肥満度を測るための国際的な指標で、体重〈4〉を身長〈m〉の2乗で除して得る。日本では25以上、アメリカでは30以上を肥満としている)の影響はないように考慮されていた
とのことです。つまり、この調査の最終結論は、眠りを疎かにすることで健康を損なってい
る可能性が高い、ということになりました。さらにいえば、日本の大学生は世界でもっとも
眠りを疎かにし、そして自らを不健康と感じているのです。

ヨーロッパとアジアの夜ふかし

もう少し、アンケート調査結果の紹介を続けます。
市場調査会社エーシーニールセンが、睡眠習慣について2004年9月28日から10月8日
に世界規模で行ったインターネット調査の結果です。調査対象はアジア、アメリカ、ヨーロ
ッパを含む世界28カ国の1万4000人です。
まず夜ふかしについてですが、午前O時を過ぎてから就寝する割合は、世界全体では37%
でした。地域別に見るとアジアが40%、アメリカ34%、欧州32%ですから、アジアで夜ふか
しをする人が多いことがわかります。国別で見ると、夜ふかしランキング上位10ヵ国中、7
ヵ国がアジア。他の3ヵ国は地中海沿岸の国々、ポルトガル、スペイン、イタリアで、これ
らの国々は昼にシエスタ(昼寝)の習慣があることで知られています。一番夜ふかしが多い
のはポルトガルで、4人中3人が午前O時を過ぎてから寝ています。これに2位の台湾、3位の韓国、4位の香港と続いています。
日本も夜ふかしが多く、60%が午前O時以降に就寝、4分の1は午前1時を回ってから眠
りに就いています。エーシーニールセンはこの結果を、「これらの夜ふかし国、とくにアジ
アでは、消費者の生活習慣に合わせた、コンビニエンスストアを始めとする24時間サービス
やインターネットの普及も、夜ふかしに影響していることを示唆している。夜ふかしの傾向
は30代の消費者に多く見られ、それは世界共通の傾向でもある」とまとめています。
一方、早寝をしている国はオーストラリアで、24%が午後10時までに就寝しています。続
くニュージーランドは19%でした。なお、この調査の対象にはなっていないようですが、ス
イスも相当に早寝なようです。アナウンサーの大坪千夏さんが、「文藝春秋」2007年19一
月号の「スイスは手ごわい」というエッセイで、「夜更かしをする人は少ないのか夜十時を
過ぎるとひっそりとして、まるで日本の正月のような静けさだ」と書いています。
次に起床時刻を見ると、アジアとアメリカの60%は7時前に起床しています。これはョー
ロッパの50%と比べても高い値です。国別で見ると、早起きランキングの1位はインドネシ
ア、2位はベトナムで、インドネシアの72%、ベトナムの55%は6時前に起床しています。
早起きランキングの上位10ヵ国中、5ヵ国がアジアの国で、その他はデンマークなどの北
欧、そしてドイツ、オーストリアなどのヨーロッパでした。日本は遅寝でも上位10位に入っていましたが、早起きでも上位10位にランクインしています。
睡眠時間で見ると、一番短いのは日本人で、41%が6時間以内でした。
一方、他のアジアの国でも、台湾は夜ふかしですが、起きるのも遅く、26%が午前9時ま
で寝ていると答えています。同様に香港も13%が午前9時前には起きていません。もっとも
よく寝ている国は、オーストラリアとニュージーランドで、3割が平均約9時間の睡眠を取
っています。
なお、これはエーシーニールセンの調査結果ではないのですが、2000年のヨーロッパ
の人々の生活時間に関する統計によると、男性の平均睡眠時間はドイツでは8時間12分、フ
ランスでは8時間45分、イギリスでは8時間18分です。また女性では、ドイツでは8時間19
分、フランスでは8時間55分、イギリスでは8時間27分です。同年の日本は、NHKのデー
タによると男性が7時間32分、女性が7時間15分ですから、日本は男女ともに、ヨーロッパ
よりも睡眠時間が40〜100分短くなっています。
なお、エーシーニールセンの調査では、何が睡眠時間を左右する要因か、についても尋ね
ています。世界的には半数の回答者が「労働時間」と「生活習慣」を挙げていて、ヨーロッ
パでは「労働時間」の影響が大きいのですが、アジアとアメリカでは「生活習慣」が睡眠時
間を左右すると答えています。ただし、20代から40代のアジア人では、労働時間のほうが生活習慣よりも睡眠時間に対する影響が大きいと回答しています。ここから働き盛りは睡眠時
間を削って働いていることがわかります。
2008年5月23日付の産経新聞が、国連の基文事務総長(韓国出身)の仕事ぶりを紹
介しています。〈就任1年目だった昨年、39カ国を訪問。首脳らとの300回以上にのぼる
個別会談をこなしたが休みを1日も取らず、今年も1月2日から仕事を開始した。「アジア
の職員からは「仕事熱心』と好意的な評価を聞きますが、南米や欧州出身の職員は『仕事中
毒ではないか』と首をかしげます」(国連幹部)〉
私も基文事務総長の睡眠時間が心配です……。

8時間睡眠はもはや贅沢

エーシーニールセンの調査結果に戻ります。日本では何が睡眠に影響しているかという
と、20代は仕事、30代は子供・家族、40代以降は自分自身の生活習慣という傾向でした。た
だ、性別で見ると、日本では、30%の女性が子供・家族が睡眠時間に影響すると答えたのに
対し、男性では、子供・家族が睡眠時間に影響すると答えた割合は5%に過ぎませんでし
た。睡眠時間に影響する要素として子供・家族を挙げたのは、ヨーロッパ全体では女性の21
%、男性の14%、アジア太平洋全体では女性の21%、男性の18%、アメリカでは女性の39%、男性の17%です。このように、睡眠時間に影響する要素として子供・家族を挙げる割合
については、たしかに世界的にも女性のほうが高いのですが、日本の男性はとくにこの割合
が低いことがわかります。
エーシーニールセンではこの調査結果について、「世界的に8時間睡眠や、早寝はもはや
贅沢。日本はもっとも睡眠時間が短い。働き盛りの20〜40代では仕事が睡眠に影響する。日
本人男性の睡眠には子供や家族はあまり影響しない」とまとめています。図らずも、日本男
性が育児や家庭に積極的に関わっていないことが、眠りについての調査から浮き彫りになっ
たわけです。
NHKによる睡眠時間の調査では、1960年から2005年までの46年の間に日本人の
平均睡眠時間は51分減り、7時間22分になっています。毎年1分あまりずつ短くなっている
計算です。
総務省も2007年11月に、2006年の社会生活基本調査結果から、睡眠時間が減って
いることを発表しています。2007年11月4日付の毎日新聞の記事によると、調査は仙]歳
以上の約8万世帯18万人が対象で、5年ごとに実施されているとのこと。1日の平均睡眠時
間は調査を開始した1986年から男女とも減少傾向にあり、年齢別では、ほとんどの世代
で減少、とくに45〜49歳が7時間5分ともっとも短く、次いで40〜44歳と50〜54歳が7時間9分でした。もっとも長いのは85歳以上の9時間47分です。
一方、仕事時間は2001年までは減少しましたが、2006年には増加に転じたそうで
す。正規の職員・従業員は1日平均7時間11分、それ以外の雇用者は4時間27分で、それぞ
れ5年前より15分、13分増加したということです。食事時間の合計は5年前より全体で1分
長い1時間39分となりましたが、45歳以上65歳未満の世代では1〜3分短くなっています。
以上より、記事では「日本人の睡眠時間がここ20年でもっとも短くなり、とくに働き盛りの
世代での減少が目立つことが、総務省がまとめた2006年の社会生活基本調査でわかっ
た。その一方で、仕事時間は増加し、余暇など自由に使える時間も減っており、寝不足で懸
命に働く日本人像が浮き彫りになった」とまとめています。「寝不足で懸命に働く日本人像」
とは、なんとも寂しくかわいそうな姿ではないでしょうか。
私はある大学の文学部で教鞭をとっていますが、講義でこの調査結果を紹介し、「寝不足
で懸命に働く日本人像」の文言は伏せて、この報告内容を簡潔にキャッチフレーズ風にまと
めるよう学生諸君に課題を出しました。彼らは見事に事の本質を突いたフレーズを編み出し
てくれました。「寝るより仕事」「寝言も仕事」「死ぬまで仕事」……。ただ、このような厳
しい批評眼を持つ学生諸君も、まもなく、仕事時間優先の社会人の生活に入ることに抗うこ
とは適わないかもしれない、と複雑な心境で教室を後にしました。そして、このような厳しい目を持つ学生諸君であっても、その眠りに関する現状を世界との比較の中で見ると、極め
て悲惨な状況にあることはすでに、このページの冒頭で紹介したとおりです。
なぜこのように日本人は眠りを疎かにするのでしょうか? 眠ることが何か悪いことでも
あるかのような風潮が世間に蔓延しているのはなぜなのでしょうか? 社会学には精通して
いない、一介の小児科医に過ぎない私にはその答えを探ることは困難です。しかし、多くの
日本人が眠りに関する基本的な事柄に関して、あまりにご存じない点は指摘しておきたいと
思います。眠りが大切であることを知らされていないがために、「あれもしたい、これもし
たい、眠るなんてもったいない」「できれば眠らずに済ませたい」などの声が生じる、とい
う側面があるのではないでしょうか?
私は何も何時に寝ろ、何時間寝ろ、何時に起きろ、と事績かに読者のみなさんを「指導」
するつもりなど毛頭ありません。今のメタボリックシンドローム対策も、余計なお世話だ、
というのが私の正直な気持ちです。太っていて何が悪いのですか? 太っていて長寿の方も
たくさんいらっしやるではありませんか? 理想的なBMIの方はみなさんすべて長寿なの
ですか? さらにいえば、私たちは長寿を目指さなければいけないのでしょうか?
2008年6月26日にOECD(経済協力開発機構)が発表した「ヘルスデータ200
8」によると、加盟30カ国中、日本の平均寿命は82・4歳と最長で、肥満者の割合は24・9%と最低(アメリカ67・3%、ドイツ49・6%、イタリア45・1%)です。これほど肥満が
少なく寿命が長い国で、なぜメタポリックシンドローム対策に躍起になるのでしょうか?
医療費対策とのことですが、同じ調査では日本の年間の医師診察回数は13・7と圧倒的に高
い(アメリカ4、ドイツ7)こと、そして高度・高額な医療機器の設置数が人口100万人
当たり、日本では92・6と突出(アメリカ33・9、ドイツ16・7)していることも明らかに
されています。日本では欧米だと不要と考えられる程度のことでも受診し、検査をすること
で寿命が保たれている、といえるのかもしれません。医療費削減には機器の効率的な運用も
必要でしょう。
さらに、この調査では人口1000人あたりの医師数も比較していますが、日本は2・1
とOECDの平均3・I以下でした。これでは医師が疲弊してしまい、医療崩壊が起きてし
まうのも当然だと私は頷いてしまいますが、それは私が医師であるからいえることなのでし
ょうか。

指導者の無知が生む誤解

「ポッコリおなかがたちまちやせる新ダイエット‥あおむけ足上げ、肩まわし、トロット海
藻、イグサの粉末」「朝バナナの腹やせ効果に話題騒然! 食前キャベツで水太り解消!「代謝アップ湯豆腐』でびっくりするほどやせられた!」
以上はすべて、2007年3月2日付の読売新聞に掲載された健康雑誌の広告からの抜粋
です。このようなダイエット項目の羅列には、さすがにだまされる方も少ないでしょうが、
「発掘!あるある大事典H」の納豆ダイエットには実に多くの方がコロッとだまされてしま
いました。私は講演で、「人の話をすぐ真に受けないで、いったんは必ず自分の頭で考えて」
とよく申し上げています。これは後述するメディアリテラシーの基本的な姿勢です。また、
さまざまなダイエット法がメディアを賑わしているということは、人はみなそれぞれに違
い、万人に当てはまる絶対的なダイエット方法などあるわけがないことをいっているのだと
思います。
当然、ある価値観を押し付けることについても私は否定的です。ただ、「知らなかった」
では済まされないことがこの世の申にはたくさんあるのです。あまりに当たり前すぎて誰も
教えてくれなかったことについて、じつはいろいろと最近になってわかってきているのに、
そのことがちゃんとみなさんに伝えられていない、そんな事柄がたくさんあるのです。
今の日本では、社会的責任のある方の無知が公然とまかり通っているような気がしてなり
ません。指導的な立場にある方は、知らないでは済まされないのです。眠れと伝えないメタ
ボリックシンドローム対策、サマータイム(正式には DST; daylight saving time 昼間の明かりを有効利用する方法)議論、夜スペ(東京都杉並区立和田中学校で2008年1月か
ら開始された、進学塾と提携した有料特別授業)、「24時間テレビ」「27時間テレビ」など、
挙げればきりがありません。
とはいっても、読者のみなさんも今の時点では私の申し上げていることがよくはおわかり
にならないでしょうね。ここで挙げた例の何がどう「知らなかったでは済まされない」と結
びつくの? そうお感じの方が大多数かもしれません。ここでは詳しくは述べませんが、最
初の例は世界の常識を日本では伝えることができていない例ですし、後の四つの例は、生体
時計の性質についてご存じであればとても勧めることのできない、まして実行などとんでも
ないような事柄なのです。本書を読み終わったころには、ここで私が申し上げた意味もわか
っていただけると思います。
私が本書でお伝えしたいことはそれほど多くはありません。
①ヒトは寝て食べて、はじめて活動できる動物ですよ。
②ヒトという動物は朝は光を浴びて、昼間は活発に動いて、夜は暗いところで眠ると、心
身の調子がよくなるようにできているんですよ。
③睡眠時間さえ取ればいつ寝てもいいということは必ずしもみなには当てはまりませんよ。
④短時間のうたた寝はその後のパフォーマンスを高めますよ。
⑤ヒトは午前中に心身の活動のピークがあるようにプログラムされている動物ですよ。
⑥ヒトの脳に備わっている生体時計の特徴を知って暮らしたほうが心身のためにいいです
これぐらいでしょうか。
そんなことはいわれなくともわかりきって
いる。わかってはいるけれどできないから困っ
ているんだ。うまい寝方をさっさと教えろ。こんな読者の方の声が聞こえてきそうです。ご
もっともです。ただ危険回避行動の最大の動機は「適切で必要十分な不安」なのです。これ
は、私が医療安全に関わる講習会に出席した時に、講師である杏林大学保健学部の川村治子
教授が繰り返しおっしやっていた言葉です。そして「適切で必要十分な不安」が生じるため
には、的確な知識の裏づけが必要不可欠です。ある事柄の恐ろしさ、怖さを心底理解しない
では、その事柄に対し、適切な行動を取ることができない、ということです。
新人の看護師さんの教育経験を例にとって、川村教授がおっしやっていました。
「新人看護師は技術への不安は大きいが、無知への不安は小さい。技術習得後には高揚感を
得、その行為の恐ろしさを知らないのにできるようになる。その後やっと恐ろしさを知るようになって、大胆ではなくなる」
このことは、さまざまな仕事の場についてもいえるのではないでしょうか? 仕事に慣れ
てきたころが一番危ないのです。いろいろなことがわかってくると、それ以前にはあまり考
えずに不安なくさっさとできていたことが、不安が大きく、さっさとは行うことができなく
なる。このような経験はどなたにもあるでしょう。そしてそれは何も仕事の場ばかりではな
く、日常生活の習慣についてもいえるのではないでしょうか。
これが、私の問いかけです。そんなことわかっているよ、わかってはいるけどできないん
だ、は本当にはわかっていないのです。ですから、これからしばらくは眠りの理屈について
みなさんにご紹介しようと思います。その上で眠りの大切さを知っていただければと思います。

睡眠不足の恐ろしいリスク

異様なメタボ対策
まずは眠りと体重との関係から始めましょう。
みなさんは、「寝ないと太る」ということをご存じでしょうか? 2008年5月25日号
の「読売ウイークリー」に、「睡眠時間5時間未満は肥満の原因9 不眠とメタポ「負の連
鎖』」という記事が掲載されたのでご存じの方も多いかもしれませんが、寝ないと太ること
は世界の常識です。
ところが日本では、今、あれほど声高に叫ばれているメタポリックシンドローム対策のな
かに、「眠れ」という項目が入っていません。やりすぎ、と私などは感じてしまう昨今のメ
タボリックシンドローム報道で強調されているのは、あくまで食事と運動です。産経新聞は
2008年5月23日付の朝刊で「健康らいふ メタボリックシンドローム 「特定健診・保
健指導」2ヵ月」と題した全面記事を掲載していましたが、食と運動についてのみの記事
で、眠りについての情報はまったくありません。眠りと肥満との関係については、一言も触
れていなかったのです。私の目には、このような一面的な報道は、正直いって異様に映りま
す。
手元に、色刷り330ページ弱の上質紙でできた立派な雑誌があります。2007年6月15日発行の「日本医師会雑誌」第136巻特別号の生涯教育シリーズ72で、タイトルは「メ
タボリックシンドロームup to date」です。メタボリックシンドロームに関する最新知識、
とでも訳せましょうか。私はこの雑誌を手にするや、目を皿のようにして隅から隅まで読み
ました。眠りについての記載を探したのです。
まず目に付いたのは149ページ、「睡眠時無呼吸症候群」という項です。睡眠時無呼吸
症候群については後で詳しく触れますが、肥満は睡眠時無呼吸症候群をもたらしたり、悪化
させたりしますし、睡眠時無呼吸症候群は高血圧、糖尿病、それに心筋梗塞や脳卒中といっ
た循環器疾患の発病の危険を高めますので、メタポリックシンドロームの特集に睡眠時無呼
吸症候群のことが載っているのは、大変重要なことです。まるまる4ページ、いかにメタボ
リックシンドロームと肥満が睡眠時無呼吸症候群に関連しているのかについて書いてありま
した。
ところがです。眠りについてのきちんとした記載は、この雑誌すべての中でこの章のみで
した。たしかに、250ページの「厚生労働省の取り組み」という項の図1に、生活習慣病
をもたらす「不適切な生活習慣」として「睡眠不足」とありますが、これはあくまで蔵躯な
図の中の一つの言葉に過ぎません。本文中に説明はありません。
もう1カ所は、295ページ「最近、不規則な睡眠や睡眠障害と、肥満もしくは体重減少との関係が注目されている」という文章です。191ページから240ページにわたる「治
療」の章では、「眠り」に関する記載は皆無でした。医師会には、眠りがメタボリックシン
ドローム対策として重要であるという認識がないのです。厚生労働省が進める健やか生活習
慣国民運動でも、重点分野は「運動・食事・禁煙」です。
しかし、食と運動にのみ注意を払っても、眠りを疎かにしていてはダイエット効果が上が
らないことは明らかなのです。寝ないと太ることは世界では常識です。ところが日本では肥
満対策、メタボリックシンドローム対策で眠りの重要性がまったく伝わっていません。これ
ではどうなってしまうのでしょうか。
食事に気をつけよう。運動も大切だ。でも時間がない。そうだ、会社が終わってからジム
に行こう。このように考える方も多いでしょう。しかし、運動をすると、交感神経という昼
間起きているときに盛んに活動し、夜寝ているときには休んでいてもらわないといけない神
経が興奮します。夜寝る前に運動をして、この交感神経の働きを活発にしてしまうと目がさ
えてしまうのです。
夜になると、普通は交感神経と替わって副交感神経の働きが高まり、血液は脳や筋肉には
あまり行き渡らず、消化管に回って、お腹が動いて、便が肛門のほうに押しやられます。そ
れなのに夜に運動すると、交感神経を興奮させて、眠りを妨げ、太ってしまう可能性があるのです。一生懸命運動して、ジムは儲かっても、ダイエット効果は上がらず、医療費は減ら
ない。こんな妙な連鎖に乗せられないように、運動はぜひ昼間にしていただきたいもので
す。

寝ないと成長ホルモンは出ないのか

眠りと体重との関係に戻ります。「寝ないと太る」とともに、睡眠時間を限りなく増やせ
ば太るのもたしかで、じつは、適切な睡眠時間をとっているときに、BMIはもっとも低く
なることがわかっています。アメリカのスタンフォード大学による1024人を対象にした
調査結果では、睡眠時間が7〜8時間のグループのBMIがもっとも低くなっています。そ
して、睡眠時間が7〜8時間より減っても増えても、BMIは高くなるのです。つまり、睡
眠時間7〜8時間以下の範囲で考えると、「寝ないと太る」とともに「寝るとやせる」とも
いえるわけです。むろん、ひたすら寝ればひたすらやせるわけではなく、睡眠時間が7〜8
時間を超えるとBMIは上昇してしまいます。
では、どうして「寝すぎると太る」「寝ないと太る」のでしょうか? 「寝すぎると太る」
については、運動量が少なくなり、消費エネルギーが減るからと、簡単にもっともらしい理
屈を想像することはできます。でもじつは、こんなあたりまえのような事柄も、医学的にきちんと証明されているのかといえば、きちんとした理屈がわかっているわけではありませ
ん。
ですから「寝ないと太る」という、どちらかというと常識的な感覚とは少しずれたこの事
実についても、その理由についてはまだはっきりと解明されているわけではありません。も
ちろん現在さまざまな仮説が立てられてはいます。有力な仮説では、成長ホルモン、コルチ
コステロイド、レプチン、グレリンなどが関係しているのではないか、といわれています。
たとえば成長ホルモンには脂肪を分解する働きがあるので、睡眠時間が減ると成長ホルモ
ンの分泌が悪くなって脂肪が分解されずに太る、という仮説。ただし、睡眠不足になったか
らといって必ずしも成長ホルモンの分泌量が減るわけではありません。むろん、夜ふかしを
したからといって成長ホルモンの分泌が悪くなることもありません。睡眠不足→①成長ホル
モン分泌低下→②脂肪分解減少→③肥満、というルートについては矢印①の正しさに疑問が
出てしまうのです。おや、とお思いの方もいらっしやるでしょうね。夜ふかしをしたり、寝
不足になると成長ホルモンは出なくなるのではないか、そのようにお思いの方が結構いらっ
しやるのではないかと思います。でも、じつはそんなことはありません。成長ホルモンにつ
いてはさまざまな誤解があります。
読者のみなさんは、寝ると成長ホルモンが出る、という話を聞かれたことがあるかもしれません。たしかにこれは正しいことです。1950年代に日本の科学者、高橋康郎博士が発
表した世界に誇るべき研究成果です。成長ホルモンは骨を仲ばし、たんぱく質の合成を促し
ます。「寝る子は育つ」という格言の根拠として、さまざまな形で紹介されてきました。眠
りの大切さを何とか伝えたい、と学校の先生方もこの研究成果に飛びついたというわけで
す。
しかし、どうも高橋博士の研究結果を解釈するときに誤解が生まれたようです。高橋博士
は、「成人男性で睡眠開始時刻を早めたり遅らせたりすることが成長ホルモン分泌にどのよ
うな影響を及ぼすか」を解明することを目的に研究を行い、「睡眠開始時刻に連動して寝入
りばなに成長ホルモンが分泌される」という実験結果を報告なさいました。
ところがこの実験結果を発表した図では、人眠時刻が遅くなった時の成長ホルモンの分泌
量が通常の入眠時刻の場合よりも低かったのです。そこで、どなたかがこの点に着目し、
「夜ふかしをすると成長ホルモンの分泌が悪くなる」と余計な判断をしてしまったようなの
です。そこに、この解釈のわかりやすさも加わって、誤解が広まっていったようです。
しかし、高橋博士の実験はあくまで1例での結果で、何より、実験を行った高橋博士ご自
身が、分泌量の低下については意味のある差であったとは述べていらっしやらないのです。
その後、多数例で検討した結果、夜ふかしをしたからといって成長ホルモンの分泌量が減ることはないと確認されています。
成長ホルモンは、寝入って最初の深い眠りに一致して多量に分泌されるのです。もちろん
時刻によって分泌が決められているわけではありません。2005年発行の睡眠の世界的な
教科書にも、「入眠時刻が早まっても、遅れても、また眠りが妨げられた後の再入眠に際し
ても、成長ホルモンの分泌は睡眠開始が引き金となって生じる」とあります。当然、「成長
ホルモンは午前O〜3時にもっとも多く分泌される」わけではありません。
成長ホルモンは、夜ふかしをしても寝入ってすぐの深い眠りの時に出るのですから、寝な
いでいては出るはずがありません。
ところが最近の研究で、じつは徹夜をしても翌日昼間に出てくるということがわかったの
です。だからといって、私は「徹夜をしても成長ホルモンは出るのだから、徹夜をしてもい
い」というつもりはありません。それは、成長ホルモンが分泌されているとはいっても、徹
夜や夜ふかしの状態で、成長ホルモンがきちんとその役割を果たしてくれるのかどうかはわ
かっていないからです。
眠るのは成長ホルモンを出すためだけではありません。寝ることの重要性は、もっとたく
さんの事柄に及ぶということをわかっていただきたいと思います。

寝ないと陥る「肥満の連鎖」

寝ないと太る、ことについての仮説に戻ります。成長ホルモンの次はコルチコステロイド
です。コルチコステロイドはさまざまな病気の治療薬としても使用されますが、副作用とし
て肥満があることはよく知られています。
コルチコステロイドはストレスホルモンとも呼ばれ、ヒトが何かストレスにあったときに
はたっぶりと出てもらわないと困る、とても大切なホルモンです。そしてこのコルチコステ
ロイドは朝にたっぶりと出るのですが、午後から夕方にかけては分泌が減ることがわかって
います。おそらくは、1日起きて生活するということはヒトにとって大きなストレスなので
しょう。そのストレスに対する準備というような意味で、コルチコステロイドは朝たっぶり
と分泌されるようになっているのかもしれません。そして睡眠不足になると、コルチコステ
ロイドの分泌は午後から夕方になっても減らなくなるのです。つまり睡眠不足では、コルチ
コステロイドの1日の分泌量は増えてしまうようです。
コルチコステロイドの副作用が肥満だということは先ほど申し上げましたが、睡眠不足→コルチコステロイドの分泌量増加→肥満、というルートが成立している可能性は十分あるの
ではないかと私は考えています。
寝ないと太る、ことについての仮説の最後はレプチンとグレリンについてです。レプチン
という物質には食欲を抑えてエネルギーをためる役割があり、食欲や体重の調節において重
要な働きを担っています。グレリンには逆に食欲を高める働きがあります。そして睡眠時間
が少なくなると、レプチンが減ってグレリンが増えます。つまり、睡眠不足↓レプチン分泌
低下、グレリン分泌増加↓食欲増進↓肥満、というルートが成立している可能性があると考
えられています。
さらに、睡眠時間が減り、レプチンが減ってグレリンが増えると、今度は、目を覚まさせ
る働きとともに食欲を増す作用のあるホルモン、オレキシンを分泌させる神経細胞が興奮す
ることもわかっています。眠りを減らすと、レプチンが減り、グレリンが増え、オレキシン
が増え、「起きて食べる」ことになります。ここで食べ、オレキシンが減り、眠りに誘われ、
眠ればよいのですが、ここでオレキシンが減って「起きていろ」というプレッシャーは減っ
たにもかかわらず、眠りを疎かにすると、さらに睡眠不足となりレプチンが減り、グレリン
が増す、といういわぱ「肥満の連鎖」に陥ることになってしまうのです。
ただし、この肥満の連鎖には安全弁が少なくとも二つは用意されています。一つはグレリ
ンが深い眠りをもたらすという安全弁で、もう一つの安全弁はオレキシンが減ると覚醒の持
続が難しくなる、つまりは眠くなる、という安全弁です。それでもここで、これら安全弁に逆らって眠くなっても眠らない、つまりは眠りを疎かにすると、「肥満の連鎖」に陥ってし
まうわけです。
メタボ対策に「眠れ」を入れないわけ
さて、ここまで「寝ないと太る」ことについて述べてきました。それではなぜ、日本では
メタボリックシンドローム対策として、「眠れ」といわないのでしょうか?
私はメタボリックシンドロームが滅っては困る企業や業界が多いがための戦略か、と勘繰
ったりもしました。とくに、産業経済界を背景にしている産経新聞が、「メタボリックシン
ドローム撲滅のためのキャンペーン」を張っているにもかかわらず、前述した、2008年
5月23日付のような記事を掲載するのです。眠るという簡単なことでメタポリックシンドロ
ームが滅ってしまっては困る医薬品メーカーや運動器具メーカー、食品メーカー、あるいは
医療・医薬品業界の戦略なのでは、と勘繰ってしまったりもしました。
しかし関係者にお話を伺うと、どうもみなさん、単にご存じないだけのようです。なんと
なく「寝ると太る」と感じての対応なのであろうと最近は考えています。
たしかに寝すぎると太ります。しかし、睡眠時間が7〜8時間以下の範囲では、寝るとや
せるともいえるのです。責任ある立場の方はぜひしっかりとした知識を持って、メタボリックシンドローム対策にあたっていただきたいものです。
なお、「読売ウイークリー」5月25日号では、日本大学の兼坂茂准教授や国立健康・栄養
研究所健康・栄養調査研究部の吉池信男部長(現・青森県立保健大学教授)の研究を引用し
て、適切な睡眠時間の時に血糖値や中性脂肪に関する指標も最善となると紹介していまし
た。肥満対策にも、糖尿病対策にも、そして高脂血症対策にも適切な睡眠時間をとることが
重要なのです。

会議は午前中に行うのが良い?

では、適切な睡眠時間とは何時間なのでしょうか? 今までご紹介したさまざまな研究か
らは7〜8時間という数字が出てきます。しかし、じつは必要な睡眠時間には個人差があり
ます。実際、長時間眠らないと体調が悪くなってしまう長時間睡眠者と呼ばれる方がいらっ
しやる一方で、短時間睡眠でも大丈夫とおっしやる短時間睡眠者もいらっしやいます。そし
て長時間睡眠者と短時間睡眠者とは、ある程度遺伝的に決まっているようなのです。
また、必要な睡眠時間には、疲れや精神状態なども関係してきます。ですから、ある方に
今日あなたに必要な睡眠時間は何時間です、と伝えることはとても難しいのです。
ただ、ヒトには1日に2回寝入りやすい時間帯があるということはわかっています。午前・午後とも2〜6時の間です。午後2時に眠くなるのは昼食をとったせいとお考えになるか
もしれませんが、食事をまったく与えないという実験や、食事を2時間おきに与えるという
実験をしても、大多数の人は、午前・午後とも2〜6時の間には眠くなることがわかってい
ます。
じつは食事をすると、食欲を高め、覚醒を高める働きのあるオレキシンという物質の分泌
が減るので、「食事をとると眠くなる」のですが、それでは朝食の後、眠くなるかというと、
必ずしもそうではないと思います。人に備わったリズムとして、大多数の人は午前・午後と
も2〜6時の間には眠くなり、さらにいえば、この時間帯には交通事故や産業事故の発生も
多くなってしまうのです。
逆にいうと、これ以外の時間帯にはヒトの覚醒度は高い、ヒトは眠くない、ということに
なります。そこで私は、午前10〜19一時に眠気がなく十分な活動ができるか否かが、睡眠時間
が足りているかどうかを判断するための一つの目安になるのではないかと考えています。つ
まり、午前中にしっかりと目覚めて活動ができていれば、その方の眠りの量、質、生活リズ
ムには大きな問題はない、と考えていいのではないかということです。
ただし、1歳の赤ちやんだと、午前中に昼寝をすることも珍しくはありません。必要な睡
眠時間に関する私の判断基準を当てはめることができるのは、2歳以降だと考えています。これがこのページの最初に紹介した、私がこのページで伝えたいこと⑤「ヒトは午前中に心身の活動のピーク
があるようにプログラムされている動物ですよ」になるわけです。
さて、ここで申し上げたことは、ビジネス場面でも参考になると思います。たとえば会議
の時刻ですが、充実した会議を行うなら午前中が適している、ということになるでしょう。
一流企業の中には早朝会議を行っているところも多いようですが、午後の場合、会議の充実
を図るのは、ヒトの生理を考えるとなかなか難しいということになります。もっとも細かい
議論をされたくない会議ならば午後に行う、という戦略も当然ありますがII。
大発見や発明も眠りの効果
寝ないと太る、寝すぎると太る、ということをお話ししてきましたが、次は、眠りの影響
について、さらに深く考えていきましょう。
家族性致死性不眠症という病気があります。この病気は、狂牛病(牛海網状脳症)と同じ
くプリオンというたんぱく質が原因と考えられている病気です。初期の症状は眠れないこ
と、つまりは不眠で、この症状が次第に悪化していき、8〜72カ月を経て最終的には昏睡に
陥り亡くなってしまいます。眠れなくなって死んでしまうわけですから、この病気を調べる
ことは、眠りの役割などについても解明できるかもしれない、と期待されます。ところが、よくよく考えてみると、この病気で亡くなる原因が、眠らなかったことにある
かどうかはまだよくわかりません。こうこうこういう理由で眠れなくなって、その結果、こ
ういうことで亡くなった、と理路整然と理屈を述べることはまだできていないのです。実
際、この病気で亡くなった方の脳を調べさせていただくと、視床という脳の奥深くにある場
所に異常があることがわかってはいます。
では、眠るには視床が大事なのか、ということになりますが、たとえば脳血管障害、いわ
ゆる脳卒中で同じ場所、つまり視床に異常が起こっても、すべての方が眠れなくなって死ん
でしまうかというと、必ずしもそのようなことはないのです。家族性致死性不眠症の方の視
床の異常が、眠れないこと、あるいは亡くなってしまう原因とどれほど関連しているのかに
ついては、はっきりと結論づけることは難しいのです。
なお、ネズミを眠らせないでおくと、約3週間で死んでしまいます。ヒトを死ぬまで眠ら
せない、などということはできるわけがないので、ネズミの実験を参考にすると、眠りは生
きていくためには欠くべからざる生理現象、と考えられています。
でも、どうして眠らなければ死んでしまうのでしょうか? じつはこの点については最新
の科学もまだ答えを出していません。眠らなかったために死んでしまったネズミを調べれば
いいではないか、とおっしやると思います。たしかにそのとおりで、今までもいろいろと調べられてはいるのですが、3週間眠らずにいたネズミが死んだ原因となると、解剖をして調
べてみてもまだよくわからないのです。どうして死んでしまったのかという点になると、い
ろいろと調べても結論は出ない。このことは眠りの本質的な機能、すなわち睡眠の役割とは
何なのか、という問いかけにも関わる非常に重要なことだと思いますが、結論が出るのはま
だ先になるでしょう。
答えが出ていないだけに、眠りの役割についてはさまざまな仮説が出されています。ヒト
の身体は午後から夕方にかけて最高体温に達し、その後手足の血管が開いて、熱の放散を始
め、熱が下がり始めると眠くなります。ですから、眠りは脳の熱を冷ますため、脳を冷やす
ためにあるのだ、という仮説。また、脳細胞に障害を引き起こしてしまう活性酸素が起きて
いる間にたまることが眠りのきっかけで、活性酸素を取り除く過程がすなわち眠りである、
という仮説もあります。
最近では、眠りの役割を知るために、少し眠りを削った場合と、よく眠った場合との比較
をしようという試みが盛んに行われています。ドイツのリューベック大学のグループは、眠
りが「ひらめき」を促すという実験結果を科学雑誌「ネイチャー」に報告しました。
①朝に課題を3回訓練し、その後寝ないで8時間後の夜に課題に再挑戦
②課題訓練を夜にしたあと、徹夜して8時間後の翌朝に再挑戦
③課題訓練を夜にしたあと、8時間眠って、翌朝に再挑戦
という三つのグループで、課題に隠されたカードの配列に気づくかどうかという「ひらめ
き」の割合を比べる実験です。すると、③のグループで明らかに高いという結果が出まし
た。しかも、①②のグループのひらめきの割合は、訓練をせずに課題に取り組んだ場合と同
程度しかなかった、とのこと。眠りが新しい記憶の表象を再構築することで情報の把握を導
き、「ひらめき」に満ちた行動を促す、と研究グループは結論しています。眠ると「ひらめ
き」がよくなる、というわけです。たしかに夢で大発見の手がかりをつかんだ、という逸話
はよく聞きます。亀の子、ともいわれる化学式のベンゼン環の発見や、ミシンの発明も夢で
ひらめいた成果として知られています。

起き続けた脳は酔っ払いと同じ

眠りの役割を知るために、寝ないとどうなる、ということもよく調べられます。眠らない
で起き続けていると脳の働きが低下します。17時間ほど起き続けていると、アルコールの血
中濃度O・05%程度と同程度にまで脳の働きは低下するそうです。朝7時に起きた場合、
お酒を飲まなくても深夜o時にはほろ酔い状態にまで脳の働きは低下している、というわけ
です。さらに、睡眠時間を毎晩4〜6時間に制限すると徐々に脳の働きが低下し、約2週間でそのレベルは丸2日間徹夜したのと同程度にまで低下する、という実験結果もあります。
眠ることは脳をしっかりと働かせる上でも重要なようです。当たり前ですが、寝ないと活動
の質は高まらない、ということでしょうか。活動の中身は仕事、社会活動、コミュニケーシ
ョン、勉強とさまざまですが、寝不足で活動内容が充実するとは思えません。
団塊世代の方々などは、大学入試に際して「四当五落」、つまり、「睡眠時間は削っても勉
強しなくてはいけない。睡眠時間4時間では合格するが、5時間では落ちてしまう」という
ことを叩き込まれたかもしれません。気合と根性で眠気なんかは吹っ飛ばせ、というワケで
す。
この時代、おそらく周囲はみな今よりたっぷり寝ていたのでしょう。そして、「四当五落」
も当初は一時的に頑張れということにすぎなかったのではないでしょうか? しかし、この
世代はきっと「四当五落」をその後も引きずってしまったのでしょう。さらに高度成長期と
も重なり、寝ないでがんばって仕事をしてしまう日本人ピジネスマンの誕生、となってしま
ったのではないでしょうか。団塊世代の方々は、ビジネスの第一線から徐々に退き始めてい
るかもしれませんが、このような考え方は、団塊世代以降のみなさんにもだいぶ刷り込まれ
てしまったようです。
ここでみなさんに見ていただきたいデータがあります。福岡教育大学の横山正幸名誉教授らが、小学校高学年を学力上位群と下位群とに分けて就床時刻を調べた結果です。学力上位
群の半分は午後9時半前に寝ていますが、下位群で午後9時半前に寝ている子どもたちは20
%にすぎず、逆に午後10時半以降に寝るグループに学力上位群はまったくいない、というデ
ータです。アメリカの高校生を対象にした研究では、就寝時刻が遅く、睡眠時間が少ないほ
ど学業成績が悪いことが報告されていますし、文部科学省が行っている全国学力・学習状況
調査でも、睡眠時間が少ないほど、学力テストの成績が低下しています。
これらの調査結果からわかることは、いくら夜遅くまで勉強しても、いくら塾通いをして
も眠らなければ学力は身につかない、というごく当たり前のことです。進学塾の中には、子
どもたちに、深夜まで勉強することが当然、ということを半ば強迫的に刷り込もうとしてい
るところもあると漏れ間きます。そのような環境に入ると、おそらくはお子さんのみなら
ず、ご家族もその世界の論理しか耳に入らなくなるようです。
洗脳といっては大げさかもしれませんが、周りでみなが、「何だ、昨日君はO時半に寝た
のか」「B君はゆうべは1時半までがんばったらしいぞ」などというような会話ばかりをし
ていたら、眠りを削って勉強しなければいけないのだと、いつの間にやら思い込まされてし
まうでしょう。寝ないで食べないで活動の質が高まるわけがない、という動物として当たり
前のことが、このようなところでは無視されてしまうのでしょう。人は動物ではない、がんばる存在だ、とおっしやる方もいるかもしれませんが、そのような発言は私には、人が動物
を超えた存在であろうとする鵬りにしか聞こえません。ヒトも周期24時間の地球で生かされ
ているわけで、他の動物と同じではないでしょうか。お子さんをお持ちの読者の方、ちょっ
と冷静に考えてみていただけませんか?
4時間睡眠で7日間過ごすと
睡眠時間が減ると身体がどうなるか、に関して、昔は相当乱暴な実験が行われました。30
時間寝ないとどうなる、50時間寝ないとどうなる、といった実験です。もちろんそのような
実験も大事です。ただ、そういった実験条件はあまりに日常とかけ離れていて、みなさんご
自身の問題としては捉えにくいだろうと思います。
ところが1999年、アメリカのシカゴ大学の研究グループが、眠りの身体への影響をみ
るために、これまでの寝かせない実験ではなくて寝かせる実験を行いました。この研究者た
ちは、成人男性に対し睡眠時間を毎日4時間に制限、その条件で7日間過ごしてもらい、7
日目の朝にいろいろなデータをとって、同じ方が8時間睡眠、あるいは19一時間睡眠をとった
時のデータと比べるということをやったわけです。4時間睡眠で数日間というのは、たぶ
ん、みなさんでもお忙しい時には実際に経験するスケジュールかと思います。結果、4時間睡眠で7日間経つと、朝の血糖値が高くなって、インシュリンの分泌が悪く
なり、夕方のコルチゾールの減りが悪くなり、交感神経が緊張状態になって、インフルエン
ザのワクチン接種後の抗体産生が悪くなる、ということがわかったのです。朝の血糖値の上
昇やインシュリンの分泌低下は糖尿病関連の変化ですし、コルチゾール分泌の低下が悪い
と、分泌量が増すわけで、この変化は肥満に関連しています。また、交感神経の過度の緊張
は高血圧をもたらす。これらの数字は、睡眠時間を削っていると老化と同じ現象が生じ、生
活習慣病関連の変化が起きる、と解釈されました。
この研究成果が発表された後、眠りについての考え方が多少は変わったかな、と私は感じ
ています。このシカゴ大学の研究グループはさらにこの研究を進展させ、最近では、慢性の
睡眠不足が2型糖尿病や肥満の危険を高めるということを報告しています。
読者のみなさんも睡眠時間が減ると、集中力が無くなったり、イライラしたりするという
ことを経験なさっているかと思います。睡眠時間が減ることで脳の働きが悪くなることはす
でにご紹介しましたが、精神機能、気持ちに及ぼす悪影響も懸念されるわけです。要するに
睡眠不足だと脳の情報処理能力が下がるわけですが、じつはその理由はよくわかっていませ
ん。ただし、眠ることによって神経細胞レベルでなんらかの変化が起きていることは十分考
えられます。大まかですが、眠りを疎かにすることで生存の質が低下する、といえるのではないでしょうか。
アメリカがん協会が1982年から1988年にかけて、睡眠時間と寿命との関係を調べ
ています。この30歳から102歳の111万人(男性48万人、女性63万人)を対象にした大
規模調査から、男女とも1日の睡眠時間が6・5時間〜7・4時間の人がもっとも長生きで
あるという結論が出ています。
日本でも、1988年から1990年にかけて行った40〜79歳の10万4010人を対象に
した調査から、一晩の睡眠時間が6・5時間以上7・5時間未満の人がもっとも長生きで、
それより長くても、短くても、寿命が短くなっていることが報告されています。
さらに、フィンランドにおける18歳以上の2万人を対象とした22年にわたる追跡調査結果
でも、睡眠時間が7〜8時間の場合にもっとも寿命が長いとの結果が報告されました。
なお睡眠不足の状態では、脳の働きや身体の働きが低下するのみならず、意欲も低下しま
す。運動意欲も低下し、運動量が減り、これはセロトニンの活性を高めることにマイナスに
作用します。後にも述べますが、セロトニンは心をおだやかにする働きのある神経伝達物質
で、うつ病の治療には、セロトニンを高める作用のある薬剤が使用されています。そしてセ
ロトニンの働きは、朝の光と、リズミカルな筋肉運動(歩行、咀嚼、丹田呼吸)とで高まる
ことが知られています。また、セロトニンの働きが低下すると、気分が滅入り精神的に不安定になり、攻撃性や衝動性に加え自殺企図が高まり、社会性が低下する可能性も指摘されて
います。睡眠不足でやる気がなくなり、運動量が減ると、リズミカルな筋肉運動の機会が減
り、セロトニンの働きが低下し、さまざまな気分に関わる問題も生ずることが懸念されま
す。

寝なくても元気でいられる遺伝子

睡眠不足はさまざまな重大事故も引き起こします。スリーマイル島や、チェルノプイリの
原発事故は深夜から明け方にかけて起こりましたし、アメリカ史上最大の原油流出事故とな
ったアラスカ沖でのタンカー、エクソン・ヴァルディーズ号の座礁オイル漏れ事故、スペー
スシャトル・チャレンジャーの事故も、深夜作業中に注意力を欠いたことが原因と考えられ
ています。眠気は脳が出しているSOS。眠気を我慢して、気合と根性で眠気を乗り切ろう
とすることほど危険なことはないのです。眠くなったら寝るしかありません。
ただし寝た後で、その時刻に眠くなった原因を考える必要はあります。それはご自身の生
活習慣である場合や、職場の長年の習慣や職場環境だという場合もあるでしょう。睡眠不足
に陥らないための工夫が求められます。
たとえば、昼寝もそのような工夫の一つでしょう。短時間の昼寝が、その後の仕事の能率をよくすることは、さまざまな実験でわかっています。眠くなったらまず寝る。寝た後で何
時に眠くなったのかを考える。午後2時の眠気はある意味生理的な眠気です。10〜15分の昼
寝を取りましょう。
ただ、午前中に眠くなった場合には、寝た後でご自身の眠りの量、質、生活リズムについ
てご一考なさることをお勧めします。間違っても、眠気を気合と根性で乗り切ろうなどと危
険なことは考えないでください。睡眠不足は命に関わるリスクなのです。これが序章で紹介
した私がこの本で伝えたいこと④「短時間のうたた寝はその後のパフォーマンスを高めます
よ」です。
突然ですがハエの話です。ショウジョウバエには、活動量が減り、刺激してもなかなか活
動をしない、いわば不活発な状態があります。そして、この不活発な状態が急に変化して活
発な状態になります。不活発な状態にならないように刺激を与え続けていると、その後ハエ
はより長い時間不活発となります。これは睡眠不足にしておくと、その後睡眠不足を補うか
のようにたっぷり寝るのだ、と解釈できます。
またショウジョウバエも、カフェインや覚醒剤を与えると活発となり、高齢になると不活
発な状態が細切れとなります。ショウジョウバエの不活発な状態は、人の眠りとかなり似て
おり、人の睡眠研究のモデルとしての将来性も期待されています。そしてハエでも、睡眠時間が少なく、寿命の短いハエが見つかっているのです。
彼らは短時間睡眠ハエ、ミニスリープ(mns)と呼ばれています。睡眠時間が通常のハエ
の3分の1しかないのですが、起きている時の行動には普通のハエと差異がなく、睡眠を制
限してもその影響をほとんど受けないハエ。そして、この短時間睡眠ハエは、普通のハエよ
りも寿命が短いのです。
ところが面白いことに、寝なくとも元気なハエもいます。フミン(fumin)という遺伝子
が変異しているショウジョウバエです。このフミンという遺伝子を発見したのは熊本大学の
粂和彦博士のグループで、彼らがこの遺伝子に変異があるショウジョウバエを調べたとこ
ろ、次の三つのことを発見しました。
一つ目は、ちょっとした刺激ですぐに活動し、ひとたび活動を始めると、長いこと活動を
続けることです。なかなか疲れないハエ、といえるでしょうか。二つ目は、寝不足になって
もあまり寝ない、ということです。刺激を与えて寝ないように(不活発状態にならないよう
に)しておくと、普通のハエはたっぷり寝るようになる(不活発状態が長くなる)のに、フミン遺伝子なしのショウジョウバエはそのようにならないのです。三つ目は、眠らなくとも
早死にしない、ということです。睡眠時間が少なく、寿命の短いハエがいる一方で、睡眠時
間が少なくとも寿命が短くならないハエがいる。睡眠時間が少なくとも寿命が短くならないハエは、人間でいうと短時間睡眠者なのかもしれません。
寝なくとも元気、という観点から見ると、サメやマグロは泳ぎ続けています。単純に考え
れば寝ていないように思われます。ですから、サメやマグロの研究が進み、もしサメやマグ
ロがほんとに寝ていないことがわかれば、寝ないで済ませる方法の発見につながる可能性も
あります。ただ、本当にサメやマグロが眠っていないのかどうかについては、じつはまだわ
かっていません。今後の研究が待たれます。
この章では眠りの量について考えてきました。眠りの質については後で触れるとします。
残る問題は眠りのタイミングです。序章で紹介した、私がこのページで伝えたいことの③「睡眠
時間さえ取ればいつ寝てもいいということは必ずしもみなには当てはまりませんよ」につい
てです。この点について以降の数章で考えてみましょう。

レム睡眠とノンレム睡眠

子どもの反応と発達の不思議
眠りのタイミングについて考える上で、なぜ私が眠りというものに興味を持ったか、につ
いても紹介したいと思います。
私は、総合病院で院長職にある小児科医です。医療の分野は今でこそ「総合診療医」、あ
るいは「かかりつけ医」の大切さが盛んにいわれていますが、私が医者になった当時、つま
り今から25年以上前は、みな専門医を目指した時代でした。これは医師の間だけではなく、
一般のみなさんの意識でもそうだったと思います。病気についてはその道のプロに診てもら
いたい、なんといっても専門の医者が一番だろう。みなさんの多くがこのように考えていた
時代が長かったのではないでしょうか。このような空気の中で、私は医学部の最終学年、6
年を迎えました。
現在の制度では、医学部での6年間の勉学を修了し医師国家試験に合格すると、2年間の
初期研修に入り、医師、正確には研修医として、内科、外科、小児科、産婦人科、救急、地
域医療などの実習を一定期間経なければなりません。そしてこの研修を修了してはじめて、
一人前の医師と認められるのです。しかし当時の医学部学生は、6年間の勉学を修了し医師
国家試験に合格すると、対社会的には即、医療行為をすべて行うことが可能な医師と認定されました。ある意味、現在ある2年間の初期研修期間は、将来自分が何をやりたいのか、何
に向いているのかを考えるモラトリアム期間となるのですが、当時の私たちにはそのような
猶予はなく、すぐに進路の決定、つまり、何科の医師になるのかについての意思決定が求め
られていました。
私も当時の専門医志向の中、麻酔科、精神神経科、内分泌内科、神経内科等、さまざまな
科を見学しました。ただどうも、「自分にはコレしかない!」という科にはめぐり合えてい
ないな、という感じのままで医学部6年の夏休みを迎えていました。そんな中、夏休みには
保健所の実習があり、友人二人と神奈川県の鎌倉保健所に1週間お世話になることにしまし
た。ただ、保健所の実習といっても、こちらは学生です。すべてが見学で、どうにも退屈な
毎日。
そんなとき、乳児健診の見学がありました。担当は子ども病院の先生で、じつに楽しげに
赤ちゃんを触り、いじくりまわし、お母さんとはニコニコしながら会話を交わし、お母さん
が繰り出すさまざまな質問には、スムーズにお答えになっていたのです。「あ、これだ」と
直感的に感じました。そして私は小児科医になることを決めたのです。
このときに直感したことをいろいろと思いめぐらせると、おそらくは、その先生の所作の
すべてにひきつけられたのだと思います。一つには、子どものお母さんの疑問に、わかりやすい普通の言葉で答えていらっしやったこと。子どもは成長する、という生命に対する無条
件の信頼というか、畏怖というようなものを挺に自信を持って答えていらっしやったこと。
そして何より、楽しそうに見えたこと。そういうものに惹かれたのでしょうか。
最近のベストセラー『夢をかなえるゾウ』(水野敬也著、飛鳥新社)にも、「好きなことは
一生懸命にできる」という趣旨の文章が繰り返し出てきますが、やはり仕事は楽しくやりた
いものです。
よく子どもは自分で症状を訴えることができないから小児科医は大変だ、といわれます
が、今の私にとっては、大人の相手をするほうが大変です。子どもは正直です。調子が悪け
れば元気がありませんし、食欲もなくなります。体の水分が減っていれば、泣いても涙が出
てこなくなります。でも大人は違います。少々体の調子が悪くても頑張ってしまいます。逆
に少しでも気になることがあると、話はとても大げさになります。
「この子はもう3日も飲まず食わずなんです」と親御さんがおっしやることがありますが、
お子さんは私の前で大粒の涙を流しながら大泣きしています。どうも体の水分が足りなくな
っていることは心配しないでよさそうだ、と私は判断します。子どもは正直なのです。子ど
もの状態は、その様子を見れば、おおよその判断はつくのです。
いずれにしても私は小児科医になりました。大学病院で小児科の勉強を始めると、さまざまな専門的で最先端の医療に関わります。白血病の子どもたち、生まれながらに心臓のつく
りが通常とは違っている赤ちゃん、痙攣がなかなか止まらない子どもなど、彼らの診療に追
い立てられる毎日でした。
ところが医者になって3年目、勤務先が大学病院から市中の病院に替わると様相は一転し
ます。毎日の仕事は予防接種であり、夜泣きの相談であり、赤ちゃんのウンチが緑色である
ことを心配するお母さんへの対応であり、そして健診です。最先端医療からはほど遠い、か
かりつけ医として総合診療の力が試される毎日となったわけです。ここで要求されるのは広
い守備範囲、というわけです。
たしかに、専門の勉強をするのはある意味大変ですが、一つのことを重点的に勉強するの
は楽かもしれません。しかし守備範囲が広くなると、いつどこにどんな打球が飛んでくるの
かわかりません。とても勉強が難しいともいえます。しかし一方、専門の勉強をしていただ
けでは知らなかった、さまざまな分野についての知識が次第に増えてもきます。こうなると
小児科医としての自信が増してきます。小児科医が、本質的に総合診療医といわれるゆえん
です。赤ちゃんの健診を担当する医者は、まさにこの総合診療医であることを求められてい
るのです。考えてみれば、私が小児科医を選んだその原点も健診にあったわけですから、私
が水を得た魚のごとく張り切りだしたのもこの頃かもしれません。

寝不足と飢えに勝つ方法

そんな経験をした後、今、私は、「ヒトは寝て食べてはじめて活動できる動物である」「活
動の中身は、勉強、遊び、コミュニケーション、社会活動とさまざまですが、寝ないで食べ
ないでいては、活動の中身を充実させようにもできるはずがない」と、あちらこちらで盛ん
に口にしています。
先日テレビをみていたら、タイトルが「食う 寝る 演じる」という番組がありました。
2008年5月25日日曜日朝7時から放送のフジテレピ「ボクらの時代」です。芝居が縁で
知り合った、歌舞伎俳優の中村橋之助氏、演出家の串田和美氏、俳優の笹野高史氏の3人の
鼎談でした。演劇が大好きなこの御三方は3人とも、今もしサッカーくじで6億円が当たっ
たら芝居小屋につぎ込むとおっしやっており、「活動」の中身は当然私とは違います。しか
し、基本的には私と同じようなことを感じ、考えていらっしやるのだとタイトルを見て感
じ、とてもうれしくなった日曜の朝でした。
今の私にとって、「眠り」が大切なのは当たり前のことです。でもひょっとしたら、多く
の方にとって、眠りを大切にするのは当たり前のことではないのかもしれません。それでも
やはり、眠りは当たり前に大切でなくてはならない事柄なのだ、ということを何とか一人でも多くの方に心の底から感じていただきたいと私は願っています。そんなことは余計なお世
話だ、といわれるかもしれません。しかしヒトという動物は、寝ないでいては、食べないで
いては、活動できないようにつくられてしまっている動物なのですから致し方ありません。
ヒトの活動の内容は、仕事や勉強であったり遊びであったり、あるいはコミュニケーショ
ンや社会活動であったりさまざまですが、寝ないで食べないで活動しようといってもできる
わけがありません。また、しっかり食べてしっかり寝ればしっかり活動できるし、しっかり
活動し、しっかり食べればよく眠れる。そして、しっかり眠り、しっかり活動すればお腹も
すくわけで、この三つは切っても切り離せない、三位一体の関係にあるのです。
最近は、食育ということが盛んにいわれます。食についてきちんと説明される先生は、朝
ごはんが大事、だから早起きが大切で、早寝が大事、とおっしやって、最終結論は私と同
じ、早起き早寝朝ごはんになります。
ところが時に、ちょっと変わった先生がいらして、キレないための食事、というような趣
旨の話をなさいます。ただ、ちょっと考えていただければわかりますが、食だけでキレるキ
レないが決まるわけがありません。
私が強調したいことは、寝ること、食べること、そして活動のバランスです。気合と根性
では、寝不足と飢えに勝つことはできないのです。寝るという当たり前に大切なことを、何とか健診の場で、当たり前のように、あまり肩をいからせずに、ごくごく自然に、ニコニコ
しながら、一人でも多くのお父さん、お母さんにお伝えすることができたらいいなあ。いつ
の頃からかこんなことを私は考えていたようです。
しかし、大切なことは理屈です。なぜ私が、数ある当たり前の日常生活の中から眠りを取
り上げたのかといえば、それは眠りについて、その理屈がずいぷんとわかるようになったと
いう脳科学の発展がたまたまあったからではないかと感じています。
もちろん、私は学生のころからなんとなく「睡眠」に興味を持ち、そしてたまたま世界的
な睡眠研究者である東京医科歯科大学歯学部口腔生理学講座の中村嘉男教授や、同大学医用
器材研究所井上昌次郎教授が近くにいらっしやって、さらに、たまたまその先生方の勉強会
に友人から誘いを受けたり、あるいは1979年に東京で第3回国際睡眠学会が開かれ、そ
の国際学会に来日された世界最先端の研究者の話を、医学部の学生として大学内で聞く機会
があったりと、多くの偶然が重なって、睡眠研究の進歩を身近に感じることができるという
恵まれた環境にいたことも事実です。
また、さらに不思議な因縁は、私が小児科を学び始めた東京医科歯科大学医学部附属病院
でも、子どもの睡眠研究が行われていたのです。当時としてはむろんのこと、現在でもきわ
めて稀有なことです。当たり前のことを当たり前のように伝えようと志して身を委ねた小児科で、まさか学生時代から興味を持っていた睡眠研究が行われているとは知りませんでし
た。

睡眠研究を進歩させた発見

私は、小児科医になって4年目頃から、熱心に睡眠研究に携わるようになりました。じつ
は、睡眠研究が盛んに行われるようになったのはレム睡眠の発見以降で、まだ60年弱しか経
っていない研究分野なのです。
眠りにあまり興味のない方でも、レム睡眠という言葉だけは耳にされたことがあるのでは
ないでしょうか。最近は、眠りを大切にしていることを売りにして、レムという名前をつけ
たホテルも登場しているようです。では、そもそもレム睡眠のレム(REM)とは何かとい
うと、これはRapid Eye Movementの頭文字です。つまりレム睡眠というのはRapid Eye
Movement’すなわち、「急速眼球運動」を伴う睡眠という意味です。
1952年、当時シカゴ大学のクライトマン教授は、ヒトが眠り始めるときにはゆっくり
と目が左右に揺れる、ということに気づいていました。今でこそRapid Eye Movementと
の対比でSlow Eye Movementと呼ばれている、「寝入りばなに見られる、ゆっくりとした
目の動き」です。クライトマン教授は、このゆっくりとした目の動きが、眠りの深さについて何らかの情報を与えてくれ、また、一晩の眠りの中で、同じようにゆっくりと目が動く時
が何回かあるのではなかろうか、と考えたのでした。
それを証明するため、クライトマン教授は大学院生のアゼリンスキーに、寝ているヒトの
目の動きを一晩中観察するよう命じます。ただ一晩中起きて、寝ているヒトのまぶたを観察
し続けるというのはどう考えても大変な仕事です。そこで二人は観察時間を5分間単位と決
め、その5分間に目の動きがあったら、眼球運動あり、なかったら眼球運動なし、というこ
とのみ記録することにしました。このようにすることで、ある5分が始まっても、目の動き
に気づけば、その5分は眼球運動ありの5分とすることができるわけで、その5分の残りの
時間は観察する必要がなくなる、緊張していないですむ、と考えたわけです。まあ、それに
しても、結構骨の折れる作業だったでしょう。
また、二人は目の玉、すなわち眼球の前面にある角膜と奥にある網膜との間に電位の差が
あることも知りました。目の近くに電極を置くと、置かれた電極と電極との間で目が動くこ
とで、電極の間に電位の変化が生じることに気づいたのです。これが眼球運動図です。そし
て大学院生であったアゼリンスキーは、自分の8歳の息子を実験台にして、眠っている間の
目の動きを研究するために、世界で初めて脳波と眼球運動図とを同時に一晩中記録しました。
実験開始時点で予想されたのは、寝ている間に何回かゆっくりとした目の動きが現れるだ
ろう、ということでした。しかしこの予想に反し、アゼリンスキーが観察したのは約20分間
眼球が激しく動き続けるという現象でした。当初は、実際に目が動いているのではないだろ
うと考えましたが、寝ている自分の息子を見ると、まぶたの下で目が激しく動いていたので
す。アゼリンスキーとクライトマンによるレム睡眠発見の論文は1953年、科学雑誌「サ
イエンス」誌に掲載されました。
クライトマン教授は、眠っている間の目の動きが、眠りの深さについて何らかの情報を与
えてくれるものと考えたわけで、多少は眠りに積極的な意義を感じていた可能性はありま
す。ただ、このような考えは最先端のごく少数の研究者が持っていたに過ぎなかったのでは
ないかと私は想像しています。一般的に、この頃はまだ、眠りはあくまで起きていること、
すなわち覚醒の対極にあって、何もしていない、意味のない無為な時間、起きていない状
態、という程度にしか考えられていなかったのではないでしょうか。

レム睡眠が脳に及ぼす影響

レム睡眠の発見から遡ること20年、1920年代後半、ウィーンの神経内科医フォン・エコノモは、眠り続けて結局は亡くなってしまうという病気の患者さんに出会いました。そして、当時は嗜眠性脳炎との病名がついていた、その病気の患者さんのご遺体を解剖する機
会を得ることができました。フォン・エコノモは、昏睡状態が続いた末に亡くなった嗜眠性
脳炎の患者さんの脳をたくさん観察し、ついに、このような患者さんでは視床下部の後ろの
方から中脳に点状出血が存在することを見つけたのです。
一方でフォン・エコノモは、ひどい不眠を訴える患者さんの、死後の脳を観察する機会も
得ました。そしてフォン・エコノモは、病的に不眠を訴え続けて亡くなった患者さんの脳で
は、視床下部の前の方に病理学的な異常があることを見出します。つまり、視床下部の後ろ
から中脳にかけての部分に異常があると眠り続け、視床下部の前のほうに異常があると眠れ
なくなってしまうというわけです。
そこでフォン・エコノモは、視床下部の後部から中脳にかけての部分が起きていることに
大切で、視床下部の前のほうは眠ることに大切なのではないかと考えました。つまり、視床
下部の後ろから中脳にかけての部分が覚醒中枢、視床下部の前のほうが睡眠中枢というわけ
です。当時、これはとても驚くような考え方だったのではないかと思います。眠りはあくま
で起きていることに対する状態でしかなく、眠るために必要な脳の部分、すなわち睡眠中枢
があるという考え方は、なかなか当時の人々には受け入れ難かったことでしょう。
それから90年近くが経ち、最近の脳科学の進歩は、フォン・エコノモの予想が正しかったことを次々と明らかにしています。今では、視床下部の前の方の腹側外側視索前野あるいは
内側視索前野と呼ばれる場所が睡眠を促すことに関わり、視床下部の後ろの方の乳頭結節核
や視床下部の外側の場所が目覚めを促すことに関わっていることがわかってきています。
1953年のレム睡眠の発見以降、レム睡眠の研究は盛んに行われるようになり、アゼリ
ンスキーとクライトマン教授の教え子であったウィリアム・C・デメントが、1957年に
レム睡眠と夢見との関連を指摘しています。これは、レム睡眠の時に起こすとほぼ80%の人
が夢を見ていたと報告するのですが、レム睡眠ではないときに起こした場合にはこの割合が
低く、また、夢内容もあまり生き生きと覚えていないという報告です。
夢といっても、明晰とよばれる、極めてリアルな夢をしばしば見る人も知られていま
す。なお明晰夢を見る方は、夢を見ることはとても疲れる、朝起きるとぐったりしている、
とおっしやいます。
ただし、どうして夢を見るのか、夢内容はどのように決まるのか、明晰夢とそうでない夢
との違いは何か、などについてはまだまだわからないことばかりです。夢は今もって多くの
科学者の極めて重要な研究テーマの1つなのです。
たとえば私たちは、「夢を見る」といういい方をします。これは、夢ではまず映像が登場
し、その映像を見ている、と思いがちだからですが、最近の研究では、レム睡眠の時にはまず目が動き、その刺激で映像がつくられているらしいのです。つまり、目の動きに合わせて
つくり上げられた映像を夢として感じているらしいのです。なお、レム睡眠と夢見との関係
を発見したウィリアム・C・デメントは1928年生まれですが、その後も世界の睡眠研究
のパイオニアとして活躍され、現在もスタンフォード大学の教授です。2008年7月にも
来日、旭川、札幌、京都で大変迫力ある講演をなさいました。
レム睡眠の研究の話に戻ります。1966年になると生まれたばかりの赤ちゃんでは、眠
りの約半分がレム睡眠であること、年齢が大きくなるにつれこの割合は減り、大人では眠り
の約5分の1を占める程度にまで減ることが報告されました。レム睡眠は赤ちゃんにたくさ
んあって、大人ではそれほど多くはない、ということになると、レム睡眠は脳の発達に重要
ではないだろうか、と考えられるようになりました。しかし、この仮説もまだはっきりと証
明されるに至ってはいません。

睡眠から脳の病気を明らかにする

それにしてもレム睡眠は、それまでなぜ誰も気づかなかったのかと不思議に思える現象で
す。そうだとわかると、目を閉じていても、まぶたの下で目が激しく動くことは、簡単に確
認することができます。眠っているイヌやネコを見てもわかります。いわれてみれば、Rapid Eye Movementは実に簡単に観察できるのです。コロンブスの卵、とはこういうこ
となのでしょう。ひょっとしたら、私たちの身の回りには、まだまだたくさんのコロンブス
の卵がゴロゴロと隠れているのかもしれません。
レム睡眠がなかなか発見されなかったことについては、多くの方が眠りについてあまり積
極的な意味を持たせなかったことも一因ではないかと私は考えています。
14世紀前半に吉田兼好によって書かれた『徒然草」の第108段には、「一日のうちに、
飲食、便利、睡眠、言語、行歩、やむことを得ずして多くの時を失ふ」とあります。現代語
にすると「一日のうちに、飲食、便通、睡眠、言語、歩行など、やむをえないことで多くの
時間をなくしている」(永積安明校訂・訳、小学館 日本の古典をよむ 14)となります。
飲食、便通、言語とは食事、排便、会話のことでしょう。14世紀には、眠りはやむを得ない
ものと捉えられていたようで、誰も眠りをどうこうしようなどとは考えなかったのかもしれ
ません。ですから、人の眠りをずっと見ていようなどと誰も思いつかなかったのでしょう。
さて、話を私と眠りとの関連に戻します。私の睡眠研究の仮説は、「レム睡眠を観察する
ことで、起きているときには解明が困難な脳の働き、とくに脳幹部の働きを知ることができ
る」というものでした。脳幹部という場所は、首の後ろに当たる脳の部分で、横から見ると
大きな大脳半球を支えている幹のように見えます。大脳がヒトにとって重要な、さまざまな機能を担っていることはよく知られているとおりです。脳幹部の背中側には小脳が乗っかっ
ています。小脳の調子が悪くなると、運動の滑らかさが失われて、ギクシャクした動きにな
り、ひどい場合には立っていることも難しくなってしまいます。
では、脳幹部の働きはというと、呼吸や心拍など、ヒトが生きていくために必須な機能が
ここで営まれています。脳幹部活動こそが生命活動の源なのです。ですから脳幹部の働きを
知ることは、ヒトという動物にとって、極めて大切な事柄です。
ところが、脳幹部のごくわずかな異常は、日常の診察ではなかなかわかりません。最近で
こそ画像診断が飛躍的に進歩して、脳幹部のかなり細かな異常もわかるようになりました
が、私が医者になった当時、そのような画像診断技術の進歩は考えられないことでした。
画像診断はできないーしかし、中村嘉男教授の研究などから、レム睡眠の働きは主とし
て脳幹部で営まれていることが、当時、明らかにされ始めていたのです。レム睡眠中には脳
幹部が盛んに働いています。そこで私は、レム睡眠の異常を知ることで脳幹部にある病変を
明らかにすることができるのではなかろうか、と考えたのでした。具体的には、脳幹部に異
常があると想像される、さまざまな病気の患者さんのレム睡眠を調べるという方法です。レム睡眠を調べるには、眠りを記録しなければなりません。彼らの眠りを片っ端から記録する
ことが、私の研究の第一歩でした。それでは、レム睡眠について詳しくお話ししていきましょう。

レム睡眠中は身体が動かない

レム睡眠には、Rapid Eye Movement以外にも特徴があります、抗重力筋の筋活動が消
失し、脳波が低振幅化するのです。突然の専門用語で失礼しました。まず「抗重力筋の筋活
動消失」を説明しましょう。
「手を握ろう」そう考えると、脳の中の、手を握ることを司る神経細胞が活動します・神
経細胞が活動するということは、活動電位が生じるということで、この活動電位は神経細胞
から伸びる軸索を伝わり、前説の前方部分にある運動細胞とのシナプスに到達します。
シナプスというのは、神経細胞から伸びる軸索の先っぽと、別の細胞、この場合は脊髄の
前方部分にある運動細胞との間にあるごく狭い隙間のことです。軸索の先っぽに活動電位が
到着すると、軸索の先っぽから神経伝達物質が放出されます。脳の中の、手を握ることを司
る神経細胞から伸びる軸索と、脊髄の前方部分にある運動細胞とがつくっているシナプスの
場合は、グルタメートという物質であることが多いようです。シナプスに出た神経伝達物質
は、シナプスに面した運動細胞の表面にある受容体にくっつきます。すると運動細胞が活動します。
運動細胞の活動は、運動細胞から伸びる軸索を伝わって、手を握ることに関わるいくつか
の筋肉に到達します。ここには、神経筋接合邦と呼ばれるシナプスと似たつくりがあって、
運動細胞から伸びる軸索の先っぽからはアセチルコリンという物質が放出され、筋肉側の受
容体にくっついて、筋肉が活動、すなわち収縮するわけです。
ただし、注意すべきは、「手を握る」時には、手を開く際に活動する筋肉の働きが抑えら
れていないとうまく手を握ることができない、という点です。じつは、神経伝達物質の中に
は、その細胞の働きを抑える役目を担っている物質もあることがわかっています。
つまり、「手を握ろう」と考え、脳の中の手を握ることを司る神経細胞が活動し、その活
動電位が軸索を伝わる。そして、手を握ることに関わる運動細胞とのシナプスに到運した時
には、じつは同時に、手を開くことに関わる運動細胞のシナプスには、その働きを抑える神
経伝達物質が放出されているのです。このような桔抗する働きがあってはじめて、スムーズ
に手を握ることができます。
さて、レム睡眠は夢見と関連が深いとお話ししました。みなさんはどのような夢をよくご
らんになるでしょうか? 夢内容はさまざまでしょうが、必ずしもじっとしている夢ばかり
ではないと思います。走ったり、歩いたり、声を出したり、誰かの肩をたたいたり、足を蹴
ったりと、身体を動かすシーンも多いことでしょう。でも、そのような身体を動かす夢を見ている時、実際に身体は動いていますか? おそら
く多くの方にとって、夢の内容と同じように体が動いた、という経験は少ないのではないでしょうか。
そう、レム睡眠の時には、脳から全身の運動を司る細胞に「動くな」という命令が出てい
るのです。すなわち、運動細胞の働きを抑える神経伝達物質が、脳からの命令で放出されて
いる。手を握ることに関わる運動細胞にも、手を開くことに関わる運動細胞にも、同じよう
に、動くな、という命令が出ているのです。これが、「抗重力筋の筋活動消失」ということ
になります。そして、このような命令を出す脳の部位が先に述べた脳幹部だと考えられてい
ます。
それでも時には、夢の内容と一致して身体が動いてしまう方もいらっしやいます。たとえ
ば、脳幹部に病気があったり、脳幹部から運動細胞に至る経路のどこかに病気があったりす
ると、レム睡眠になっても、運動を司る細胞に、動くなという命令が伝わらずに、夢の内容
どおりに身体が動いてしまう場合があるのです。
この場合、現実には笑い話では済まされません。ベッドパートナーを殴ってけがさせてし
まったり、ご自身が壁に激突して大怪我をしてしまったり、という場合もないわけではあり
ません。また、飲酒をした時にのみ、このような症状が起きる方もいらっしやいますが、この場合には、レム睡眠中に運動を司る細胞に伝わる「動くな」という命令以上に強い「動け」という命令が脳から発せられている可能性も考えられます。
いずれにしても、これらの状態は「レム睡眠行動異常症」と呼ばれる病気です。幸いよく
効く薬もわかってきています。寝ぼけ、などと簡単に片付けないで、気になった際にはぜひ
一度医師にご相談になっていただきたいと思います。

脳波でわかる睡眠の種類

話をレム睡眠に戻しましょう。レム睡眠中にはRapid Eye Movementが見られ、抗重力
筋の筋活動が消失し、脳波が低振幅化するということはお話ししました。
では、脳波についてですが、その前にちょっと思い出してください。大人では、眠りのお
およそ5分の1がレム睡眠だと申し上げました。では大人の眠りの残り5分の4はどうなっ
ているのでしょうか?
レム睡眠以外の眠りは、レムではない、という意味のノンを頭にくっつけて、ノンレム睡
眠と呼びます。そしてこれまでの説明でおわかりいただけるかと思いますが、ノンレム睡眠
中にはRapid Eye Movementはありません。ただし、時にSlow Eye Movementは出現し
ます。またノンレム睡眠中には、脳から全身の運動を司る細胞に、動くなという命令は出ていません。ではノンレム睡眠は1種類かといえば、これがそうではなく、ノンレム睡眠は、
現在では3ないし4種類に分けられています。そして、ノンレム睡眠の分類に利用されてい
るのが脳波なのです。
脳波を取ったことのある方は、決して多くはないでしょう。すると、いろいろと想像が膨
らむかもしれません。脳に電気を流すのではないか、あるいは、脳波を見ると、何を考えて
いるのかわかってしまうのではないか、などと心配される方が時々いらっしやいますが、そ
のようなことは決してありません。まずは脳波の記録の仕方を紹介します。
基本的には心電図と同じです。心電図は、ほとんどの方が記録した経験があると思いま
す。脳も心臓も電気信号を絶えず出しています。そして、その電気信号を増幅して見てわか
るようにしたものが心電図であり脳波です。ただ、脳よりは心臓のほうが電気信号のパワー
が大きいので、心電図を記録するときの増幅器よりは、脳波を記録する際の増幅器のほうが
性能は高いでしょう。それでも、記録の仕方は同じです。
心電図をとる時には心臓の周りに電極をくっつけますが、脳波の時には脳の周り、つまり
は頭に電極をくっつけます。電極の数も心臓と脳の大きさに比例して、脳波のほうが多いか
もしれません。脳波では頭全体に20個ほどの電極をつけます。もちろん、心電図と同じで、
この電極から電気を流したりするわけではなく、あくまで、脳が発する電気信号を捕らえることが目的です。心電図でも脳波でも、波を記録しますが、この波は二つの場所の間の電位
の差を示します。脳波では頭全体に20個の電極をつけるといいましたが、それぞれの電極の
間の電位の差が一つ一つ脳波として検出できます。ですからその組み合わせは相当多くなる
のです。正確には19十18十17十……十1ですから、20X19÷2=190となります。
ただ実際には、190もの波をすぺてみているわけではありません。主なものだけをみて
いるのです。基本となるのは耳たぶにつけた電極と頭につけた電極との間の電位差。全体で
20個の電極ですが、右側だけなら10個ほどです。おでこ、頭のてっぺん、頭の後ろなど、決
められた場所の右側の電極と右側の耳たぶとの電位差の波、脳波をみます。左側もあります
から、全体で20ほどの脳波が同時に記録されるわけです。

寝覚めが悪い理由

実際の脳波について説明します。覚醒安静閉眼時には後頭部を中心に安定してアルファ波
と呼ばれる波が出現します。覚醒安静閉眼時、とは起きていても安静にして目を閉じている
状態です。アルファ波という言葉は聞かれたことのある方も多いと思います。一般的に、リ
ラックスしているときに出る脳波、と紹介されています。典型的なアルファ波は1秒間に8
〜13回ほど繰り返す波。しかしアルファ波の高さ、つまり振幅はいろいろです。低い方もいますし、高い方もいます。
たとえば、次第に眠くなってきたとします。眠くなるとアルファ波が減ってくる?これ
を睡眠段階1と判定します。じつは、これまで何度も出てきた Slow Eye Movementは、こ
の睡眠段階1で見られることが多い目の動きです。
さらに眠りが深くなると、睡眠紡錘波と呼ばれる特徴ある波が見られるようになり、この
波が見られると睡眠段階2と判定します。睡眠段階1では必ずしもすぺての人が眠ったと感
じるわけではないのですが、睡眠段階2に入ると、ほとんどすべての人が眠ったと感じるよ
うです。
睡眠段階3、4は徐波睡眠段階とも呼ばれる深い眠りで、この段階に入るとなかなか起こ
すことが難しくなります。脳波は1秒間に3回ほどしか繰り返さない波、つまり徐波が大半
を占めるのですが、この徐波は振幅が大きいことが特徴で、高振幅徐波ともいわれます。な
紅、脳波を見るポイントとしては、異常な形の波が出ていないか、出るべき波がきちんと出
ているか、波の振幅や周波数の左右差がひどくないか、などです。
では、レム睡眠時の脳波はどうかというと、脳波は低振幅化していて、明らかなアルファ
波や睡眠紡錘波は見られませんし、高振幅徐波も見られません。振幅の低い波がレム睡眠の
特徴です。では、振幅が低いとはどういうことなのでしょう。これはちょっとわかりにくいかもしれませんが、じつは脳細胞が活発に活動していることの証しなのです。逆にいうと、
睡眠段階3、4、つまり徐波睡眠段階の波は振幅が大きいことが特徴でしたから、これは脳
細胞の働きがそれほど活発ではないということを示しています。
つまり典型的なレム睡眠中にはRapid Eye Movementが見られ、脳波が低振幅化してお
り、脳が活発に働いて夢を見ていますが、抗重力筋の筋活動が消失しているので身体を動か
すことはできない、というわけです。筋肉の活動がないということは筋肉がたるんでしまう
ということで、そのため、レム睡眠時は呼吸をするには不利な条件ばかりそろっています。
呼吸するための力が出ないし、肺の容量が小さくなって、肺の中にたまっている予備の空
気の量が減り、空気の通り道である気道の周りの筋肉がたるんで気道は狭くなってしまいま
す。ですから、レム睡眠中には呼吸が止まってしまうことも時にはあります。レム睡眠時に
は血圧、呼吸や心拍は不規則になり、平均するとノンレム睡眠時より血圧は高く、呼吸数や
心拍数は多くなっています。
一方、深いノンレム睡眠である徐波睡眠の時は、深い周期的な呼吸をゆっくりと繰り返し
ており、寝返りなどの身体の動きも少なく、心拍や血圧も安定しています。見るからによく
眠っているな、深い眠りだな、という状態です。

夜中に目が覚めるのは当たり前

では、レム睡眠は浅い眠りなのでしょうか、深い眠りなのでしょうか。面白いことに、レム睡眠中には、運動に関係するシステムばかりではなく、さまざまな感覚が脳に伝わるシス
テムにも、その働きを抑えようとする仕組みが働き、感覚が伝わりにくくなっているので
す。つまり、レム睡眠中には、あらゆることが感じられにくいというわけです。このような
ことからすると、レム睡眠中には起こしにくい、レム睡眠は深い眠りだ、ということになり
ます。
ところが、脳の奥深くの視床という場所にある神経細胞の感覚刺激に対する反応を、レム睡眠、ノンレム睡眠、それに起きている時とに分けて調べた研究では、面白い結果が出てい
ます。その研究では、レム睡眠中には反応が悪くなってしまう細胞が視床で見つかったので
すが、同時にレム睡眠中にも起きている時と同じように反応する細胞も見つかったのです。
レム睡眠が浅い眠りなのか深い眠りなのかを決めることは、結構難しいことのようです。
ところでご存じの方も多いとは思いますが、レム睡眠とノンレム睡眠とは交互に出現しま
す。普通、大人では一晩にそれぞれが4〜5回、かわるがわる現れます。ただ、繰り返し現
れるとはいっても、一晩の眠りの前半にはノンレム睡眠、とくに徐波睡眠が長く出現し、睡眠後半にはレム睡眠が長く出現します。寝入って最初のレム睡眠の持続時間はせいぜい5〜
10分ですが、一晩の眠りで、最後のレム睡眠の持続時間は25分ほどにもなります。一晩にレ
ム睡眠とノンレム睡眠とが4〜5回、かわるがわる現れるということは、平均すると90〜1
00分周期ということになります。
つまり、深い眠りである徐波睡眠も周期的に登場するわけで、その合間は中間的な眠り
(睡眠段階2)と浅い眠り(睡眠段階I)とレム睡眠が埋めることになります。そうすると、
夜中に4〜5回は眠りが浅くなる時もあることになる。もっとも眠りが浅くなった時に実際
に目が覚めたとしても、それに気づくかどうかはさまざまですし、仮に気づいたとして、そ
れを朝になって目が覚めた時に覚えているかといえば、覚えている時もあれば、覚えていな
い時もあります。
申し上げたいのは、ヒトは夜寝入ってから朝までぐっすり眠るというのが普通の眠りとい
うわけではなく、夜中に何回か眠りが浅くなるのが、じつはごくごく普通であるということ
です。なお、先に「平均すると90〜100分周期」と書きましたが、この値はあくまで大人
の場合です。この周期は、年齢が小さいほど短いこともわかっています。生まれたばかりの
新生児では40分、1歳で50分、2歳で70分、5歳で80分という値を報告している研究もあり
ますが、小さなお子さんほど、短い周期で夜中に眠りが浅くなる、つまりは頻繁に目を覚ましやすくなるわけです。
このことは、育児に入る前にはぜひ知っておいていただきたい事柄です。そうでないと、
赤ちゃんがスグに目を覚ます、なかなかぐっすりと眠ってくれないと、イライラして赤ちゃ
んにハつ当たりをしないとも限りません。赤ちゃんも含めて、子どもは小さいほど大人より
も頻繁に眠りが浅くなるのです。
ところでなぜ、このようにレム睡眠とノンレム睡眠とは交互に出現するのでしょうか?
またなぜ、人は眠ったり起きたりを交互に繰り返すのでしょうか? じつはこのあたりのこ
とはよくわかっていません。
先に、覚醒中枢と睡眠中枢とについて紹介しましたが、今わかっていることは、覚醒中枢
からは睡眠中枢に向かってその働きを抑える信号が流れ、同様に、睡眠中枢からは覚醒中枢
に向かってその働きを抑える信号が流れる、ということです。
どういうことかといえば、たとえば、ひとたび覚醒中枢の働きが盛んになると、そこから
の信号で睡眠中枢の働きは弱まり、その結果、睡眠中枢から覚醒中枢に流れる、覚醒中枢の
働きを抑えるという信号が少なくなる。そうすると、覚醒中枢の働きは抑えられなくなり、
覚醒中枢が働き続けます。
そして、何らかの加減でひとたび睡眠中枢の働きが盛んになると、そこからの信号で覚醒中枢の働きは弱まる。その結果、覚醒中枢から睡眠中枢に流れる睡眠中枢の働きを抑えると
いう信号が少なくなり、睡眠中枢の働きは抑えられなくなり、睡眠中枢が働き続けます。つ
まり、目が覚めるとずっと目が覚め、眠るとずっと眠る、覚醒、あるいは睡眠という状態を
続けることに都合のよいシステム、という説明になるのです。
覚醒中枢と睡眠中枢はわかっても、どうなるとこの二つの中枢の間での交代が起きるの
か、という詳しいシステムについては、じつはまだよくわかっていません。
また、レム睡眠の時に働きが高まる脳の部分と、レム睡眠の時には働きが低まる脳の部分
とが知られ、その両者の間で、覚醒中枢と睡眠中枢との間にあったのと同じような、お互い
の働きを抑える信号のやり取りがあることもわかっています。しかしこれも、どうなるとレム睡眠とノンレム睡眠との交代が起きるのかというシステムについては、まだよくわかって
いません。
レム睡眠とノンレム睡眠との交代にしても、覚醒中枢と睡眠中枢との交代にしても、この
変化を「リズム」と捉えることができます。そして少なくとも覚醒中枢と睡眠中枢とにはリ
ズム中枢からの信号が送られていることはわかってきました。このリズム中枢が「生体時
計」です。
次に生体時計について紹介します。眠りのタイミングについて考えるまでもう少しです。

なぜヒトは朝に起きて夜に眠るのか

概日リズムというものがあります。おおよそ1日のリズムです。これはサーカディアンリ
ズムともいわれます。ラテン語でサーカというのはだいたい、ディアンというのが1日とい
う意味ですから、だいたい1日の周期で変化する生理現象がいろいろあるということです。
それを頭に入れた上で、さまざまな現象について考えてみましょう。
徒競走のスタートラインに並ぶと心臓がドキドキするのはどうしてでしょうか。みなさん
が、心臓に動けと命令しているわけではありませんよね。それなのに、スタートラインに並
んだり、実際に走り始めたりすると心臓がドキドキします。これは、自律神経という神経
が、そのときの状態を調べてうまい具合に調整してくれるからです。
自律神経には、昼間に働く交感神経と、夜に働く副交感神経とがあります。昼間に働く交
感神経が盛んに動いている時には、心臓がドキドキして血液は脳や筋肉にたっぶりと運ば
れ、ものを考えたり身体を動かしたりするのに都合がよくなっています。一方、夜働く副交
感神経が盛んに働いている時には、心臓の働きはゆっくりとなり、血液はお腹にたっぶりと
行く。それによってお腹は動いて、夜寝ている間に便が肛門のほうへ押しやられるのです。
このように、昼と夜では身体の中で起きていることがまったく違います。人は、24時間いつも同じように動いているロボットではないのです。交感神経、副交感神経以外にも昼と
夜、あるいはだいたい1日の周期で変化する生理現象がいろいろあります。昼間は起きてい
て、夜になったら寝て、また朝になったら目が覚めるわけで、寝たり起きたり、という睡眠
覚醒がこの代表です。
体温も、約1日の周期で上がり下がりしています。体温は朝に低くて午後から夕方にかけ
て高くなり、また徐々に下がっていくのです。
さらに、ホルモンにもだいたい1日の周期で変化するものがあります。成長ホルモンは、
夜寝入って最初の深い眠りの時にたっぷり出ます。また、朝、目が覚めてから14〜16時間
後、夜暗くなると出てくるホルモンがメラトニンです。
コルチコステロイドというホルモンもあります。これはストレスホルモンとも呼ばれてい
て、人が何かストレスにあった時にたっぷり出てくれないと、生きていけなくなってしまう
ほどの非常に大事なホルモンです。ちなみにこのホルモンは、朝たっぷり出て、午後から夕
方には減り、また朝たっぷり出るということがわかっています。
起きて1日を過ごすということは、それだけでとてつもないストレスなのだと思います。
そのストレスに対する準備ということで、コルチコステロイドは朝たっぷり出るようになっ
ているのかもしれません。
このように、交感神経・副交感神経、睡眠覚醒、体温、各種のホルモンは、だいたい1日
の周期で変化している生理現象、つまりは概日リズムを示しながら変化している生理現象な
のです。そして、このような概日リズムを示す生理現象のリズムをコントロールしているの
が生体時計なのです。

ヒトの生体時計は24時間周期?

生体時計は、誰しも脳の中に持っている非常に重要な時計です。ご承知のとおり地球の1
日は24時間ですけれども、面白いことに、みなさんが脳の中に持っている生体時計の1日
は、大多数の人で24時間よりもちょっと長いということがわかっています。25時間という説
もあるし24・2時間という説もあります。平均すると24・5時間ほどと考えられています
が、いずれにしても大多数の人で生体時計の周期は24時間よりもちょっと長いのです。
たとえば私が、遮光の完璧なホールに閉じ込められるとします。そして、薄暗くして、そ
の明るさを変えません。時計は全部外してしまいます。水や食事はいつでも摂ることができ
ます。すると、そのホールは、明るさが一定で外からの光が入ってこない、時計もない、と
いう状態になるわけで、私は地球が24時間周期で動いていることを知ることができなくなり
ます。すると私は、自分の脳の中にある生体時計に従って生活を始め、それはたぶん、24・5時間くらいの周期での生活になるわけです。
そんな私を、読者のあなたは周期24時間の地球時間で生活しながら観察するとします。あ
なたの目からすると、もし私の生体時計の周期が24・5時間であるとすれば毎日O・5時
間、つまりは30分だけ私の生活時間帯が遅く、ズレていくということが見てとれるわけで
す。これがフリーランという現象。生体時計がフリー、自由に、ラン、活動しているという
意味です。なお最近、ごくごく珍しいのですが、生体時計の周期が24時間よりも短い家系が
見つかっています。23〜23・5時間の家系です。ちなみにその家系の方たちはみな早起き早
寝です。
ただ、ホールに閉じ込められていない現実の私はフリーランを起こしていません。なぜか
といえば、毎日自分の生体時計の周期を短くして地球時間に合わせているからです。それは
何も無理をして合わせているのではなく、私もみなさんも無意識のうちに合わせている。そ
の時に何を使っているのかといえば、それがじつは朝の光。朝の光を浴びることによって周
期が24時間よりも長い生体時計の周期を短くして地球時間に合わせているのです。
ところが、たとえば生まれながらにして視覚に障害がある方の場合、ずっとフリーランす
る場合があることがわかっています。目が不自由であるために光刺激が脳に入らず、生活リ
ズムを地球時間に合わせることが難しくなってしまう?。このようなことからも、光が生活リズムを整える上で重要だということがおわかりいただけたと思います。
では、この生体時計は、身体のどこにあるのでしょうか? 眼と眼の間、その奥の脳の一
部に、視交叉上核という場所があります。ここに生体時計があるのです。
ヒトのリズムをコントロールする生体時計の周期は1日24・5時間。視交叉上核が毎朝、
太陽の光を認識することによってリズムを1日24時間に調節しています。もちろん光が直接
ここに入るわけではなく、光刺激は目から入って網膜で神経のインパルスとなって視交叉上
核へ伝わります。
光の生体時計への影響は、じつは時刻によって異なることがわかっています。朝の光には
生体時計の周期を短くして地球時間に同調させる働きがありますが、昼間の光にはこのよう
な働きはありません。
ところが夜の光には、朝の光とは逆に、生体時計の周期を長くして地球時間とのズレを大
きくしてしまう働きがあります。夜なのに明るいわけですから、生体時計が昼間だと勘違い
してしまう。こういうふうに理解していただければ、わかりやすいかもしれませんが、夜、
光を浴びてしまいますと、もともと24・5時間の周期がさらに長くなって、25時間にも26時
間にもなってしまうのです。つまり、夜光を浴びると、もともとO・5時間ある地球時間と
生体時計とのズレがどんどん大きくなってしまうのです。ではそのズレはどうやって直したらいいかというと、それは朝の光を浴びればいいという
ことになりますが、夜ふかししているとついつい朝寝坊しがちです。夜ふかし朝寝坊では、
生体時計の周期を短くし、地球時間に同調させるのに重要な朝の光を浴び損ねがちになって
しまい、生体時計と地球時間とのズレがどんどん大きくなってしまうということになりま
す。生体時計と地球時間とのズレが大きくなるとどうなるか、これは、いってみれば時差ぼ
けのような状態で、とても体調のよい状態とはいえなくなるということになります。では夜
ふかし早起きならどうだ、とおっしやるかもしれませんが、これでは睡眠時間が減ってしま
います。
なぜこのようなことが起きるのだろう、そうお考えの方もいらっしやるでしょう。人間は
進歩してなんでもかんでも自分の思うとおりにしてきました。ところが、残念ながら、視交
叉上核にある生体時計の神経細胞の光に対する感受性に間しては、人間はまったく無力なの
です。ヒトは朝に光を浴びると、視交叉上核にある生体時計の神経細胞の周期が短くなっ
て、地球時間と同調する。夜に光を浴びると生体時計と地球時間とのズレが大きくなってし
まう。そのように脳がプログラムされている動物なのです。
これが序章で紹介した私がこの本で伝えたいこと⑥「ヒトの脳に備わっている生体時計の
特徴を知って暮らしたほうが心身のためにいいですよ」です。

夜の光が生体時計に与える影響

生体時計のプログラムについて簡単に紹介しましょう。まだすべてが解明されたわけでは
ありませんが、同じ光の刺激が、与える時刻によって正反対の作用をもたらす、という興味
深い仕組みです。
まず、生体時計がなぜ約24時間の周期を生み出すかということです。生物の細胞内では、
その生物が持っている多くの遺伝子のうち、その細胞に特有な遺伝子が特有な刺激によって
活性化され、その遺伝子からメッセンジャーアールエヌエーが転写され、そのメッセンジャ
ーアールエヌエーからそれぞれ特有のたんぱく質が翻訳され、その細胞特有の働きをするこ
とになります。視交叉上核内では時計遺伝子からメッセンジャーアールエヌエーが転写さ
れ、そのメッセンジャーアールエヌエーからそれぞれの遺伝子に特有な時計たんぱく質が翻
訳されます。時計遺伝子の活性化で時計たんぱく質が産生されるのです。
ところが面白いことに、産生された時計たんぱく質が、時計遺伝子からメッセンジャーアールエヌエーを転写するプロセスを押さえ込んでしまう、抑制するということがわかってい
ます。つくられた時計たんぱく質が、自分自身をつくってくれるプロセスの一番初めの過程
を抑えてしまうという仕組みになっているのです。この結果どういうことが起きるかというと、時計たんぱく質が産生されると時計遺伝子か
ら時計たんぱく質が産生される過程の最初のプロセスが抑制され、時計たんぱく質の変生息
が減ります。時計たんぱく質の変生息が減ると、時計たんぱく質による時計遺伝子からメッ
センジャーアールエヌエーを転写するプロセスヘの抑制が少なくなって、時計たんぱく質の
変生息は増えます。するとまた転写プロセスが抑制され、時計たんぱく質の変生息が減ると
いうことになります。
つまり時計遺伝子の産物自らが、自分をつくる最初のプロセスを抑制するという仕祖み、
ネガティブフィードバック機構と呼ばれるものによって、できてくる時計たんぱく質の量が
増えたり、減ったりすることになるのです。そしてこの時計たんぱく質が増えたり減ったり
する周期が約24時間になっているというわけです。
少し難しかったかもしれませんが、約24時間の概日リズムが生み出される基本的なメカニ
ズムについておわかりいただけたでしょうか? なお通常は時計遺伝子産物(時計たんぱく
質)を分解する物質もあります。産生された時計たんぱく質で分解されなかったものが時計
遺伝子の転写抑制に回ります。ですから時計遺伝子産物(時計たんぱく質)を分解する物質
が少ない場合には、時計遺伝子の転写抑制に回る時計たんぱく質は多くなり、転写抑制のタイミングが早まり、概日周期が短くなる。また逆に、時計遺伝子産物(時計たんぱく質)を分解する物質が多い場合には、時計遺伝子の転写抑制に回る時計たんぱく質は少なくなり、
転写抑制のタイミングが遅れ、概日リズムが長くなります。実際、時計遺伝子産物(時計た
んぱく質)を分解する物質に異常があって、時計遺伝子の転写抑制に回る時計たんぱく質が
多くなり、概日リズムが短くなっている家系が知られています。
次に朝の光と夜の光との違いですが、光は時計遺伝子からの転写を促進することがわかっ
ています。ピリオドという名前の時計たんぱく質があります。このたんぱく質は昼にたくさ
ん変生されて、夜には産生量が減ることがわかっています。縦幅をピリオドたんぱくの変生
量、横幅を時間としてグラフを描くと、昼に高く、夜に低いカーブ(サインカーブ)で表す
ことができます。
さてここで朝、つまり産生量が上がり始めた時点で光刺激が入り、変生量が高まるとしま
す。すると右上がりのサインカーブの上昇曲線が、光刺激が入った時点でボンと高くなりま
す。上昇曲線の1点が高くなり、その時点からまたカーブは同じように変化しますので、カ
ーブ全体は左にズレることを意味します。逆に夜、つまり産生量が下がり始めた時点で光刺
激が入り、変生量が高まると、右下がりのサインカーブの下降曲線が、光刺激が入った時点
でボンと高くなります。下降曲線の1点が高くなり、その時点からまたカーブは同じように
変化するということは、カーブ全体は右にズレることを意味します。
つまり朝の光で曲線は左にズレ、夜の光で曲線は右にズレることになります。曲線の左へ
のズレは、周期が短くなること、曲線の右へのズレは、周期が伸びることを意味します。同
じ刺激でも、与える時刻が違うと、正反対の効果を示すわけです。朝の光は生体時計の1日
の周期を短くして地球時間に合わせてくれますが、夜に光を浴ぴると、夜になっても明るい
ので、生体時計が夜なのに昼と勘違いしてしまって、生体時計の1日の周期を長くしてしま
う、というわけです。
概日リズムが形成される基本は、時計遺伝子とその遺伝子産物の間で行われるネガティブ
フィードバツク機構にあると説明してきましたが、じつは最近になって遺伝子が関わること
なく、たんぱく質だけでもリズムが形成できる、という現象も見つかってきています。詳し
くは触れませんが、この分野ではまだまだわからないことがたくさんある、ということだけ
はご理解ください。

なぜ地球の周期とズレているのか

エジソンが白熱電球を灯したのは1879年10月21日、今から約130年前です。当時の
人々はこれで人類は24時間いつでも活動できると、素直に喜んだのでしょう。同時代のフラ
ンス人作家ジュール・ベルヌ(1828〜1905)も、「人が想像できることは、必ず人が実現できる」と述べています。人類の将来に全幅の信頼を寄せ、人類の未来に疑いをみじ
んも抱いていません。人智に対する素直な自信を感じます。
一方、人類学者の長谷川眞理子氏によれば、ヒトを含めた霊長類が昼行性、いわゆる昼間
に動くという活動性を身につけたのは今から3800万年前だとのことです。もちろん人類
の登場は500万年前、300万年前、あるいは5万年前といわれていますから、3800
万年前からヒトが存在したわけではありませんが、朝の光が生体時計と地球時間とのズレを
解消し、夜の光はこのズレを助長するという脳の仕組みは、3800万年前には完成してい
たと考えることが合理的かと思います。
3800万年前から脳の中にプログラムされている仕組み、つまり、夜に光を浴びること
が脳にとって好ましくはないということに、エジソンが灯りを灯してから130年近く経っ
て、やっと人類は気づきだしたのだと思います。
夜の光の作用については、生体時計の周期に対する影響以外にもまだまだあります。朝、
目が覚めてから14〜16時間して夜暗くなると出てくるメラトニンというホルモンは、酸素の
毒性から細胞を守り、眠気をもたらす働きがありますが、夜でも明るいと分泌が抑えられて
しまいます。さらに2007年秋、日本の理化学研究所の研究グループは、夜中に光を当て
ると生体時計の働きが止まってしまうという現象を発見しました。夜に光を浴びるということは、ヒトという動物にとって好ましいことではないようです。
たしかに人智はすばらしいですし、人間は社会的な動物です。しかしその前に、ヒトは昼
行性の動物であるという当たり前のことを、もう一度確認していただきたいと思います。そ
の上で、生体時計から逃れることのできないヒトという存在であることを踏まえ、何とかう
まく生体時計を利用する方法の開発に、私は智恵を絞りたいと思います。これが序章で紹介
した私がこの本で伝えたいこと②「ヒトという動物は朝は光を浴びて、昼間は活発に動い
て、夜は暗いところで眠ると、心身の調子がよくなるようにできているんですよ」です。
ところで、どうしてヒトの生体時計の周期は地球の周期と異なっているのでしょうか?
このことについては理由を調べる術がありません。ただし、可能性を想像することはできる
かもしれません。そこであえて、想像をたくましくして述べてみましょう。
地球の1日の周期と生体時計の1日の周期との間にはズレが必要だからではないか、とい
う仮説です。ズレがあるために、毎日こまめにこのズレを修正することが必要になります
が、このズレ修正システムがあるために、生物は自由度を維持しつつたくましく生き伸びて
きた、ということです。
仮に周期が24時間の生物がいたとします。するとこの生物の生体時計の1日と、地球の1
日との間にはズレがなく、その結果ズレ修正システムの必要も無くなってしまいます。そのような生物は、地球の1日の周期と生体時計の1日の周期との間に、何かの原因でひとたび
ズレが生じた場合には対応ができず、淘汰されてしまうのではないでしょうか。
このズレは地球側、つまりは環境の変化によって生じる場合もあれば、その個体側の変
化、たとえば病気によってもたらされることもあるでしょう。もちろん鳥や魚類、水生哺乳
動物を除いた長距離を移動しない動物にとっては、環境側の変化は、実際にはごく獣なこと
かもしれません。しかし、この要因がいったん生じた際には、とてつもなく大きな影響を与
えるのではないでしょうか。
地球の1日の周期と生体時計の1日の周期との間にズレがなく、ズレ修正システムを失っ
ていた生物は、その環境の変化に対応できず、過去に淘汰されてしまったのではないでしょ
うか。.そして、これはあくまで仮説ですが、ズレ修正システムがあることは、病気等、個体
レベルのさまざまな要因で生じた地球の1日の周期と生体時計の1日の周期との修正にも、
有効に働いたのではないでしょうか。

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